リスク選好下のドル安・円高

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2010年08月11日

  • 亀岡 裕次
ドルは8月7日に一時85.03円と8ヶ月ぶりのドル安・円高水準をつけた。ただし、ドル以外の通貨に対しても円高が進む「円全面高」の状況にあるわけではない。例えば、2ヶ月前の6月7日に比べて、ユーロや豪ドルに対する円相場は、現在の方がむしろ円安である。ドルが円を含む多くの通貨に対し下落する「ドル全面安」の状況に近く、主要通貨に対するドルの実効為替は2ヶ月間で10%も下落した。つまり、クロス円が上昇する一方でドル円が下落しているということは、円も弱いが、ドルはそれ以上に弱いということである。

その背景を考えてみよう。世界的に株価や商品相場が上昇傾向にあることからすると、市場はどちらかといえばリスク選好的といえる。また、南欧諸国の国債入札が堅調であったり、ユーロ圏の経済指標に予想外に改善するものがあったりしたため、ソブリンリスクを背景に拡大していたユーロ圏諸国の国債利回り格差は縮小し、6月以降はドイツ国債の利回り上昇と連動するようにユーロがドルや円に対して買い戻された。このようにリスク選好的な状況においては、クロス円が上昇(円安)しやすいだけでなく、円はドル以上に売られてドル円も上昇(円安)しやすい。ところが、実際にはドル安・円高が進んだのである。

なぜなら、米国経済への不安が台頭し、米金利が相対的に低下するなどしてドル安圧力が強まったからだ。きっかけは、6月4日に発表された5月米雇用統計において、民間雇用者増が4月改定値(21.8万人)や5月市場予想(22万人程度)を大幅に下回る4.1万人(速報値)となったことである。住宅減税が4月末で期限切れとなり、5月以降の住宅指標が悪化しただけでなく、雇用指標や消費者センチメントまでもが悪化したため、FRBの利上げ観測が後退し、さらには追加緩和観測までもが浮上した。市場がリスク選好的でクロス円が上昇する一方、米金利低下とともにドル円が下落するのは、2009年と同様のパターンだ。

2009年12月には、米雇用統計が予想外に改善したことを契機に、ドル安からドル高にトレンド転換した。今回、米住宅指標は一部で悪化が緩和しつつあり、7月の米自動車販売も季節調整ベースで前月より増加した。また、7月の米民間雇用者数は7.1万人増と伸び悩んでいるものの、一時雇用サービス業が減った影響が大きく、それ以外は小売業や自動車メーカーなどを中心に雇用が小幅ながら拡大した。そもそも、米国経済が後退するとの見方が優勢であれば、景気悪化観測から米国を含めて世界的に株価や商品相場は下落しているはずだが、そうなっていないということは、世界経済が拡大を続ける中で米国経済を相対的に弱くみているということだろう。FRBの追加緩和観測から米金利が低下してドル安が進んでいるものの、世界的にリスク回避に転じて円高圧力が台頭しない限りにおいては、リスク選好下の日米金利差縮小によるドル安・円高の余地は小さいのではなかろうか。

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