社長の報酬は社員の何倍?

―米英で分かれたペイレシオ開示政策―

2017年9月21日

企業の経営トップの報酬が従業員の賃金の何倍かを示す数値をペイレシオ(pay ratio)という。上場企業に対するペイレシオ開示義務化を巡って、英国と米国の対応に明確な違いが表れてきた。

英国政府が2017年8月末に公表したコーポレート・ガバナンスの改革方針では、ペイレシオ開示義務化に向けた法整備を進めるとした。一方、米国は2010年の金融改革法(ドッド・フランク法)でペイレシオ開示を定めたが、関連規則の策定が難航し、2015年にようやく2017年から施行開始とした。しかし、規則を所管する証券取引委員会(SEC)は、ペイレシオ開示に関する意見募集を再開するなど、施行の是非を再考している。それだけでなく、トランプ政権が成立を目指すFinancial CHOICE Actでは、ペイレシオ開示規定の廃止を予定している。

わが国では、事業報告(会社法)、有価証券報告書(金融商品取引法)、コーポレート・ガバナンス報告書(証券取引所上場規程)で、役員報酬の金額や決定方針に関する開示規定が設けられているが、ペイレシオ開示は定められていない。

経営者報酬に関する開示規定の目的は大きく分けて二つだ。一つは、報酬体系が企業価値を引き上げるための努力を経営者から引き出すのに適切なインセンティブとなっているかどうかの判断材料とすることだ。その情報の利用者は主に株主を想定している。もう一つは、社会の格差が拡大しているかどうかの指標として経営者報酬を注視するという考え方だ。この情報の利用者は社会全体ということかもしれないが、主に労働者側での利用が想定されよう。

ペイレシオ開示は、どちらかといえば後者の関心に応えるものだ。ペイレシオが高い企業は、労働者への分配が不十分で、経営者が企業の利益をほしいままにしているという非難を受けるだろう。では、トランプ政権は企業経営者をこうした非難から守るためにペイレシオ開示を廃止しようとしているのだろうか。SECなどの説明によれば、そういうことではないようだ。ペイレシオを低く見せるには、労働力を非正規化したり、アウトソーシングによって国外委託生産に切り替えたりすることで、低賃金労働者をペイレシオ算定の対象外とする方法がある。企業を本社機能に特化し、製品製造は国外委託で行えば、賃金が比較的高いホワイトカラーを基準にペイレシオが算定できるようになり、ペイレシオは低くなる。しかし、これはトランプ大統領を支持したとされる白人低賃金労働者層の雇用を不安定化し、場合によっては失業を生みかねない。そこで、ペイレシオ開示は廃止すべきということになる。英国は、企業業績や賃金、物価などと無関係に跳ね上がる経営者報酬の是正の一手段としてペイレシオ開示を導入しようとしている。米国と英国で、今後経営者報酬の適正化や国内雇用の維持拡大にどのような変化が現れるか、興味深い社会実験でもある。

ペイレシオの推計は多々あるが、米国Economic Policy Instituteによると、1965年には平均20倍であったものが、1989年に59倍、2000年に376倍になったのち、2016年では271倍だという。英国Trades Union Congressの調査では、2010年に89倍で、2015年に123倍に拡大したとのことだ。こうした数字を見ると格差が深刻化しているようにも思える。

ところで、米英両国のコーポレート・ガバナンス改革の中心課題の一つが、高額の経営者報酬を適正化するところにあることは、明白であろう。一方、わが国では、報酬水準自体が比較的低いうえ、業績連動報酬や株価連動報酬の比率が小さく、適切なインセンティブとなっていないのではないかと問われている。

日本でペイレシオ開示を求める声は聞かれないが、仮にこれが導入されたとすると、米英との比較感からインセンティブの不十分さが問題視されたりするのだろうか。それとも、報酬の多寡に関わらず重責を担う経営者として称賛されるのだろうか。ペイレシオは、使い方や評価の難しい指標だ。

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