運動会の元祖は秋ではなく、真夏?

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2017年09月20日

筆者が小学生だった頃は、運動会といえば秋の開催が定番であった。当時は10月10日であった、「体育の日」の近辺に行っていた記憶がある。この国民の祝日の由来となった1964年の東京“夏季”オリンピックも、秋雨前線や真夏に照り付ける太陽を避けるため、真夏ではなく10月に行ったといわれている。

一方、英国にも日本の運動会に相当するスポーツデーと呼ばれるイベントがあり、多くの場合、7月第1~2週頃に開催される。日本では梅雨時にあたる季節だが、英国では真夏のピークであり、緯度のせいか太陽の日差しが痛いほど強くなり、暑さが厳しい週でもある(日照時間の長さを実感できる、ウィンブルドンテニスが開催されるおなじみの週である)。

今年から英国の小学校に入学した娘のために、筆者も初めてスポーツデーに参加したが、日本でおなじみの玉入れ、綱引き、騎馬戦などはなく、競技内容も単にチームに分かれた障害物競走やリレーが中心であった(要するに走るのみ)。日本のように何日も行進などの予行練習をして、その日のために備えることもなく、学年末のお祭り気分で実施されることが多い。先生たちも開放感からか、少々テンションも高く、“グズグズしているとゴミ箱に放り込むわよ~”などという冗談まじりの雰囲気でスタートした。炎天下の中、ぶっつけ本番で走ることとなるため、全員汗だくとなり、後半にかけては児童たちのみならず、観戦している保護者たちも相当辛そうだった。
ただ、このときばかりは、平日開催でも保護者は仕事をやりくりし、金融街シティのハードワーカーたちであっても、こぞって参加するのが英国式だ。本格的な夏休みのシーズンに入る直前、トレーディングルームにやけに人が少なかったのも、スポーツデーの影響だったのかもしれない。保護者が参加しない子供が寂しい思いをするのは万国共通である。
今年は観戦に終始したが、もう少し高学年になれば、日本と同様に保護者参加のファーザーズ・レース、マザーズ・レースもあるとのこと。普段運動をしようがしまいが、お構いなしでいきなりレースに駆り出されるそうだ。また残念ながら保護者が欠席した児童のために、ベビーシッターさん用のレース(ナニーズ・レース)などというのもあるそうだ。

また、知人のマスコミ関係者に「運動会は英国から日本に輸入されたのが起源である」と聞き驚いた。諸説あるが、日本で最初に行われた運動会は、明治時代の1874年に海軍兵学寮で実施された「競闘遊戯会」であるとされる。英国のアスレチック・スポーツ(競闘遊戯)を模範とし、英国人教官アーチボルド・ルシアス・ダグラスの指導によって行われたとする説が有力である。その後、東京大学予備門の、ロンドン出身の英国人教師フレデリック・ウィリアム・ストレンジが、同大におけるアスレチック・スポーツ(東京大学・予備門合同運動会)開催に大きな役割を果たし、運動会の普及に尽力したという。ストレンジは日本の近代スポーツの父と呼ばれ、ボートレースや陸上競技を日本に普及させた第一人者とされる。
3年後の東京オリンピックは、前回とは違い7月、真夏のピークに開幕することが決定している。そのため2020年の「体育の日」を東京“夏季”オリンピックの開会日、7月24日に移動させる案も浮上している。炎天下のオリンピックの開催だけでなく、祝日まで移動することに賛否両論が渦巻いているという。ただ、近代オリンピック競技の基礎を作った英国で行われるスポーツデーはもともと夏の炎天下で行う行事のため、原点回帰ということかもしれない。

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菅野 泰夫
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 菅野 泰夫