労働力確保のための人材の繋ぎ止め(リテンション)策

~退職金制度から特定譲渡制限付株式制度へ~

2017年8月15日

  • 経営コンサルティング第四部 主任コンサルタント 市川 貴規

最近「労働力不足」という言葉をよく耳にする。実際、筆者のところにも「人材の繋ぎ止め(リテンション)」に関する相談が度々届く。働き方の多様化と雇用の流動化が急速に進み、さらに少子高齢化による労働人口の減少が確実視される中、労働力の確保は、企業経営者にとって「待ったなし」の問題になってきているのかもしれない。

これまでの日本企業は、伝統的に退職金制度を人材の繋ぎ止め策の一つとして活用してきた(※1)。しかしながら、バブル崩壊後の厳しい経営環境の中で、全社員を一律に繋ぎ止めるような日本の伝統的な退職金制度は、企業に労務問題として重く圧し掛かることになった。さらに企業財務に直接影響を与える退職給付会計の導入や、雇用の流動化に対応した確定拠出年金制度の広がりもあって、退職金制度そのものが縮小の方向に進んでいるのは確かである。このような環境下において、人材の繋ぎ止めのみを目的として、新たに退職金制度を拡充させる施策は、企業として採用し難い選択肢であると言えよう。

一方、退職金制度に替わる人材の繋ぎ止め策として、「特定譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)制度(以下、RS制度)」が注目され始めている。RS制度は、コーポレートガバナンス・コードが求める役員報酬の一つの形として昨年度から導入されているが、役員のみならず従業員にまで付与対象を広げる事例も見受けられる。そのスキームとしては、一定の譲渡制限(すなわち株式売却ができない)期間を設けた自社株式を報酬債権と引き換えに付与し、譲渡制限期間中に一定の勤務条件等が満たされない場合(例えば自己都合退職)には、会社が付与した株式を無償取得すること(すなわち会社による没収)が条件とされている。主な導入効果としては、株価上昇によるインセンティブと、譲渡制限期間中の人材の繋ぎ止め(リテンション)効果が挙げられる。RS制度は、付与対象者も譲渡制限期間(すなわち繋ぎ止め期間)も比較的柔軟な設計(※2)ができるため、各企業の人材の繋ぎ止めの目的に応じた制度導入が可能である。ただし、導入にあたっては、以下の点について注意して検討を進める必要がある(※3)

  • 労働基準法に定める「賃金の通貨払いの原則」に抵触しないよう、任意的・恩恵的給付として現行の賃金に上乗せする設計が求められること
  • 金融商品取引法に定める「インサイダー取引規制」を考慮した導入スケジュールや設計が求められること
  • 譲渡制限期間中の株式の取り扱いや、譲渡制限解除時の所得課税(※4)、インサイダー取引規制等について、従業員に対して十分な説明を行っておく必要があること

人材の繋ぎ止め策としてRS制度と退職金制度を単純に比較すれば、RS制度の方が、メリハリの利いた使い方ができるため、徐々に企業はRS制度を志向していくことになると思われる。さらに自社株報酬としての性格も有しており、自社株式付与による従業員の経営意識の醸成や、金庫株の活用等の資本政策としても利用できる特徴があることから、人材の繋ぎ止め策としては勿論のこと、企業の様々なニーズに合わせて導入が進んでいくことが推測される。一方、退職金制度は、従来の人材の繋ぎ止め効果だけでなく、企業年金制度と供に公的年金を補完する従業員の老後の所得保障といった役割も有しており、企業にとって重要な人事施策であることに変わりはない。両者の制度の特徴を上手く組み合わせ従業員にとって魅力ある企業を作っていくことが「人材の繋ぎ止め策」として最大の効果を生み出し、企業価値向上に貢献できる人材を育てていくことになるのではないか。

(※1)自己都合退職時における退職金の減額や、一定の勤続年数の経過による加算金の支給等、様々な手法が用いられてきた。
(※2)付与対象者としては、将来の経営幹部候補となる人材、優良な顧客基盤を持つ営業担当者、優秀な研究者やデザイナー等のコア人材のみを対象とするケースや、幅広い社員に付与するケース等、様々なパターンが考えられる。譲渡制限期間としては3年程度に設計する例が多い。
(※3)法解釈や運用については、今後変更になる場合も想定されるため留意が必要。
(※4)譲渡制限が解除された時点では従業員の現金収入がないにも関わらず、所得課税が発生することになる(実際の現金収入は株式売却時)。

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