多様性という豊かさ

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2017年02月17日

  • 大和総研 顧問 岡野 進

今年はロシア革命100周年だ。ソ連の存在した時代は資本主義圏にとっても大きな経験だった。ソ連は、「計画経済」を標榜していた。1930年代以降、当初は工業化に成功し、科学技術の発展も目覚ましく、それは米国に対抗する軍事強国を支えた。そうしたソ連について、ロシア人自身が語ったというアネクドート(滑稽な小話)で印象的だったものがある。「釘を作る工場に1トンの釘を作れという指令がきたので、その工場では1トンの重さの1本の釘を作った」というのである。もちろん冗談なのだが、ソ連の「計画経済」の短所を的確についたアネクドートである。

筆者は、ソ連は「計画経済」といえるような実態ではなく「指令・統制経済」と表現する方が適切だったのではないかと考えている。標準品を大量生産するだけなら、計画当局が生産計画や投資計画を練って、国営企業に指令を発し、それなりに経済成長を達成できた。しかし、消費者の需要に基づく生産ではなかったから、慢性的にモノ不足の経済であり、標準的なものしか手に入らないという問題を抱えていた。この経済体制ではニーズを反映した多品種少量の供給を「計画」することはできなかった。旧ソ連圏では末期に市場の機能を導入した経済改革を行おうとしたが、結局、資本主義経済への移行を選択するしかなかった。中国は手遅れにならないうちに共産党体制のまま改革開放政策をとって「社会主義市場経済」のもとに高成長を実現したわけであるが、さらに国民の消費生活を豊かにすることができるかは未知数である。

さて、日本経済は、1990年代以降、停滞が続いているという見方がされることが多い。GDPの成長というような量的観点でみればそれは疑いない。労働人口の減少や民間投資の停滞を反映して潜在成長率は低空飛行している。20年前の1995年の実質GDP(2011年価格)は437兆円だったが2015年は517兆円であり、平均成長率は0.84%だった。家計消費の同期間の伸びも平均0.79%であった。

しかし、消費生活の実態の変化を考えてみると、単純に計算された量は大きくは増加していないが、中身の多様性や利便性は格段に向上しているのではないか。GDP統計は質の変化を取り込んでいるものの、新しい消費財の出現による利便性向上や消費財・サービスの多様性の増大はなかなか反映できない。例えば、大都市における外食の選択肢は大きく広がった。今や世界中の料理が手軽に味わえるようになったし、どのような選択肢があるかという情報もインターネットですぐに入手できる。インターネットを通じた通信販売も消費者の選択肢を大きく広げている。消費額が大して増えていなくてもそうした多様性の増大が消費生活を豊かにしている可能性があるのではないだろうか。

どのようにGDPを増やすのかという議論だけでなく、どのように国民生活を充実させることができるのかという観点での政策論議が盛んになることを望みたい。

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