急ぎたいなら、ゆっくり行け!~渋滞学に学ぶ、最適な"スピード"~

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2016年11月25日

  • 引頭 麻実

誰もが急ぎたいのが、高速道路。少しでも前に行きたい気持ちから、ついつい前の車との車間距離を詰めてしまい、ヒヤリハットした経験は車を運転する人は少なからずお持ちだろう。場合によっては、こうした車間距離の詰めすぎに起因した、玉突き事故の現場を目撃することもある。肌感覚では、もう少し車間距離があれば、事故は防げたかもしれない、と感じることも多い。

こうした事象を科学的に分析している学問が「渋滞学」である。東京大学先端科学技術研究センターの西成(にしなり)教授によって、開拓されてきた立派な学問である。読者はアリの群れをご覧になったことがあるだろうか。アリは整然と列を作って歩いている。前のアリが放出するフェロモンを辿って歩くことは知られているが、よく観察してみると、アリの列は決して渋滞しない。前のアリとの距離が縮まり、渋滞しそうになると、周りのアリが上手に間隔を広げるなどして、渋滞を発生させずに歩いている。西成教授はこのような渋滞に関する事象を科学的に分析しているのである。

先ほどの高速道路の話に戻る。西成教授によれば、車間距離を縦軸、一定の時間で何台の車が通過したかを横軸にプロットしたグラフを作ると、車間距離が縮まりながら、通過台数が増えていくという傾向が見て取れるが、あるところを境に車間距離は詰まる一方で、通過台数が極端に減っていくことも確認される。これがまさに渋滞状態である。しかし、この渋滞状態が始まる少し前のプロットを見ると、車間距離が極限まで縮まりながらも、通過台数が増加する状態を示す点が少なくはあるが存在する。この点の状態を「メタ安定」つまり、「準安定」状態と呼ぶそうだ。しかし、この準安定状態は長くは続かず、結局は大渋滞が発生する。ここで科学の手品を思い出す。0℃以下でも凍っていない状態の水、つまり過冷却の水に何らかの力(=エネルギー)を加えるとたちまち凍る。まさにメタ安定が崩れた瞬間である。渋滞の発生と事象的には同じである。

しかし、この渋滞を回避する方法がある。高速道路で、各車が少し余裕のある車間距離を保ち、直前車がブレーキを踏んでも、一緒に踏まず、車間距離により速度の変化を吸収すれば、渋滞が起こる確率は大きく減少する。その車間距離とは40メートル。少し空きすぎの感もあるが、実験ではこの車間距離が最も渋滞を回避する距離だそうだ。

渋滞学は、企業の経営にも応用されている。具体的には物流などの業務フローの分野である。きっちりと作り込みすぎると、やはり“渋滞”が発生する。幾分遊びを持たせることで、最適な業務効率が実現するという構図は、高速道路の渋滞回避と同じである。西成教授は実際に企業から依頼を受け、遊びがどの程度必要かについて、科学的に分析し、実際の経営に反映させているのである。このように、渋滞学は応用範囲が広く、大変興味深い。実は筆者自身もハマっている一人である。

先ほど、アリが渋滞していない、という話をした。アリの起源は少なくとも1億年前と言われる。人類よりもずっと古い歴史を持つ。西成教授によれば、実は、この歴史のなかで、渋滞しているアリの種族も存在していたそうである。しかし、結果として、渋滞していないアリの種族のみが生き残った模様である。この適者生存は大きな示唆を与えている。渋滞が発生する前の均衡点を見つけ、最大効率化を実現できたからこそ、種が存続できたとの見方もできる。

私たち現代人は、言うまでもなく、大変忙しい日々を送っている。ついついラッシュしてしまいがちだが、それがかえって、滞る原因を作ってしまっているのかもしれない。遊びの部分、ゆとりの部分があってこそ、持続可能性の高い生活が実現するということかもしれない。

急いでいるときほど、ゆっくり行く。これこそが渋滞学に学ぶ、忙しい現代の生活の極意ではないか。

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