二つのイノベーションを推進するガバナンス体制を

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2016年10月19日

  • 牧野 正俊

クレイトン・M・クリステンセン教授の著書「イノベーションのジレンマ」によれば、イノベーションには「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」がある。「破壊的イノベーション」では、新規参入者が、既存企業に見過ごされている顧客層に対して、低価格で機能の限定した製品やサービスを提供する。これを足掛かりに、既存企業の牙城である収益性の高い顧客層のシェアを奪っていくことだ。一方「持続的イノベーション」は、マーケットのリーディングカンパニーが、既存顧客の要求を満たすために、既存製品やサービスの機能を向上させることにより、収益性を高めていくことを目指すものである。

そして、既存企業は「持続的イノベーション」に固執するあまり「破壊的イノベーション」に対しては脆弱だ、というのが「イノベーションのジレンマ」である。

「イノベーションのジレンマ」が刊行されてから20年、この二つのイノベーションをとりまく環境が大きく変わりつつあるように思われる。

一つはグローバル化の急速な進展である。アジアやアフリカをはじめ、未開のローエンド市場が飛躍的に拡大した結果、「破壊的イノベーション」の実験機会が大幅に増えた。例えば、フィンテックを利用した例としては、アフリカで決済サービスを手掛けるM-PESAや中国のAliPay等が有名だが、これらは既にそれぞれの市場において金融インフラとして定着するほどに成長している。日本がフィンテック分野で出遅れている背景に、世界的にみて最高水準の日本の決済インフラがあったとすれば、まさにイノベーションのジレンマそのものではないだろうか。

二つ目は、IT技術を活用した新たなビジネスモデルが次々と生まれていることである。「持続的イノベーション」は、本来であればマーケットリーダーにより主導されるべきものであるが、IT技術を武器に、新規参入者が、既存企業を上回る「持続的イノベーション」を推進し、最初から主力市場の顧客を奪っているケースもある。

代表的な例がライドシェアサービスのウーバーである。ウーバーは、スマホを介したインターネット技術により、利便性と快適性という、元来タクシーに求められているサービスを一層向上させ、既存のタクシー業界の顧客を瞬く間に奪ってしまった。(※1)

「持続的イノベーション」でさえも、既存企業の優位性ではなくなりつつあるのである。

2015年6月に導入されたコーポレートガバナンス・コードでは、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目指すための「攻めのガバナンス」が強調されている。こうした相反する二つのイノベーションを同時に推進できるような体制こそが、真の「攻めのガバナンス」ではないだろうか。

(※1)DIAMONDハーバードビジネスレビュー2016年9月号、「破壊的イノベーション理論:発展の奇跡」

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