米国大統領は入札される?

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2016年10月07日

  • 秋屋 知則

米国の大統領本選挙が近い。TV討論での直接対決も始まった。クリントン、トランプ両氏のどちらが勝利し、来年1月の就任式で宣誓をすることになるだろうか?2人とも最も嫌われた候補者と言われてきたが女性が就任すれば、自由と平等の国を謳った同国でも初となる。また資本主義で常に世界をリードしてきた国とはいえ、軍のトップでもなく州知事や議員など政治・行政経験のない実業家がいきなり大統領に就いたことも過去に例がない。いずれにせよ安全保障、TPPをはじめ、日本にも少なからぬ影響を与えることになるだろう。

米国大統領の選挙制度には、いろいろ興味深いことが多い。国を挙げてのイベントでお祭り的な要素も感じられる。2009年のオバマ新大統領誕生を祝うため広場を埋め尽くした200万人とも言われた大群衆が記憶に新しいが米国上院のウェブページではその就任式を細かく紹介している。歴代の式典について式次第からどのようなことが初めてなのかなどの特筆事項や祝賀昼食会のメニューに至るまで記載されている。

就任式の重要性は、100億円をはるかに超えるとも推測される費用総額の是非はともかく、長く続いた候補者レースの打ち上げという意味では、納得がいく。同時に英国および国王という存在を否定するところから200年強の歴史を始めたアメリカという国にとって、4年に1度(就任式の日は休日)、国民が選ぶ大統領という国家元首の位置づけを象徴しているようにも思われる。

さて、初めてと言えば、万延元年(1860年5月)、日米修好通商条約の批准書交換のため、日本から初めて公式な使節団が米国を訪れている。幕府の役人と咸臨丸に乗船した勝海舟、福沢諭吉らは太平洋を横断したが、この年も実は大統領選が行われていた。使節団がワシントンで会ったのは少しの任期を残したブキャナン大統領で帰国後の11月の選挙で勝利したのはあの第16代大統領A・リンカーンだった。

「合衆国は世界で一、二を争う大国だが大統領とは総督のことで4年毎に国中の入札で決められる。次の選挙で代わるとのこと。必ず誰になるかは分かっているが入札の前には分からない。今の大統領と縁のある人だという。そうであれば、この建国の法も長くは続かないと思われる。」と随行者が大統領制度について記している。

当時、わが国との違いも大きく通訳もスムーズではなかったと思われる。“入札”による選挙は日本でも一部の地方で行われていたようだが最高軍司令かつ行政トップである天下の将軍を広く民衆から選ぶというような制度には驚いたことだろう。また攘夷派などというと、今の概念に照らして信条を共有する政党のような印象を持つが、黒船来航の時代に、例えば“自由に選ばれるといっても予め候補者がいて、今の大統領と同じ民主党からではないか”などと現場で説明されたとしたら、混乱したのではないか。予想に反して米国の大統領選挙の仕組みは150年以上経ったが変わってはいない。

今回、選ばれる新大統領は同じ初めてでもあのような熱狂を再びもたらすだろうか。オバマ大統領が職務を全うすると誓ったとき、手を置いた聖書は、リンカーンのものだった。リンカーンは(前大統領とは政党が異なり)当時、新興勢力だった共和党から初めて選ばれたが、政策の違いから国が割れ、南北戦争に至ったことはご存知の通りである。

参考文献
日本憲政史大綱 著者: 尾佐竹 猛、日本評論社、1938年

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