新たなステージを迎える必要があるリスクマネジメント

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2016年09月29日

  • 引頭 麻実

リスクマネジメントという言葉が世に出て久しい。現在では、多様な事業投資を行うとともに、ポートフォリオ管理を展開する商社などの業種に限らず、大半の企業においてリスクマネジメントが展開されている。ただし、その取り組みには濃淡がある。

リスクマネジメントという言葉自体は気軽に使われているが、どのように定義されるのだろうか。少し古いテキストであるが、経済産業省が平成17年3月に発表した「先進企業から学ぶ事業リスクマネジメント実践テキスト-企業価値の向上を目指して-」では次のように定義されている。まず、リスクとは「組織の収益や損失に影響を与える不確実性」であり、リスクマネジメントとは「収益の源泉としてリスクを捉え、リスクのマイナスの影響を抑えつつ、リターンの最大化を追及する活動」であるとされている。リターンの最大化という文言が入っているなど、経済産業省らしい、時代を先取りした定義となっている。当該テキストでは、その他代表的なリスクマネジメントの定義をいくつか挙げているが、そのなかに「企業全体としての株主価値の最大化を目的とし、財務的なリスクだけでなく、主要なビジネスリスクと機会のすべてを管理するための前向きでプロセス思考のアプローチであり、監督機構の構築によるコーポレートガバナンスの強化、不測の損失への対応、戦略的マネジメントツールの導入などを目的とするマネジメントである」といったものもある。いずれにせよ、10年以上前からリスクマネジメントは「企業価値を守る」のみならず、「最大化する」ためのマネジメント手法として捉えられてきた。

しかし、現実の運用を見ると、「企業価値を守る」リスクマネジメントは多くの企業に採用されているとみられる一方、「企業価値の最大化」という攻めのリスクマネジメントは、まだまだ改善の余地がありそうである。

昨年から適用が開始された「コーポレートガバナンス・コード」であるが、その目的の一つに、企業が適切なリスクを取り、企業価値を最大化するような経営を支援することが含まれていると筆者は理解している。換言すれば、取れるリスク、取るべきリスクについて経営陣が理解し、実践しているかということである。しかし、後者の取るべきリスクというのは難しい。

リスクというのは、識別されない限り、認識されない。つまり、「取るべきリスクを取っていない」という全く見えないリスクについて、一般的には捉える術がないのが実情である。しかし、繰り返しになるが、取るべきリスクを取っていないことが、成長を阻害する一因となり得ることは自明である。

また別の切り口として、いわゆる事業投資リスクについて、その意思決定時点とその果実、あるいは損失が確定した時点はタイムラグがあるのが自然だが、その両時点の意思決定者あるいは担当者が異なるケースはしばしば見られる。その際に、そうした果実や損失をどのように人事評価に反映させるのか、ということも大きな課題となる。たまたま果実を得た際にその担当者だったため、巨額の賞与や高い評価を得ることが往々にしてあるがそれで良いのだろうか。逆も同じである。こうした人事評価もリスクマネジメントの重要な構成要素の一つであるが、一筋縄ではいかない。

このようにみると、今までの馴染みあるリスクマネジメントのアプローチでは必ずしも解決できない側面がある。経営をもう少し大きな視点から俯瞰し、結果としての成果というよりも、各自がそれぞれの役割を十分に果たしているか否か、といった観点を評価に取り入れる必要があるのかもしれない。換言すれば、その役割に期待されているリスクテイクを適切に行っているか否かという評価である。

ここに挙げたのはほんの一例だが、リスクマネジメントはそろそろ次のステージを窺う段階に入ってきた。

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