イノベーティブな職場環境と労働生産性

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2016年08月23日

  • 物江 陽子

少子高齢化・人口減少が進むわが国では、労働力確保とともに、生産性改善が大きな課題となっている。労働生産性を測る指標として、労働時間当たりGDPを比較すると、わが国は2014年にOECD加盟34ヵ国中21位にとどまっている(※1)。生産性改善には、生産方法や組織のあり方など様々な面でイノベーション(革新)が必要になろう。このことを考えるとき、筆者の頭に浮かぶのは、スウェーデンで見た光景である。

十数年前、筆者はバイオエネルギーに関する調査のため、スウェーデン南部の人口約7.5万人(当時)のとある自治体の市庁舎を訪れた。一介の学生であった筆者を職員の方々は温かく受け入れてくれ、質問にも熱心に応じてくれた。住民でもない外国人の一学生に、データをその場で渡してくれ、関係部署の担当者を次々と紹介してくれる、透明性の高さと風通しの良さにも驚いたが、職場環境の良さにも驚いた。一見古めかしい市庁舎は、一歩足を踏み入れると、東京青山にあるカフェのような、近代的でお洒落な空間に改修されているのである。職員はみなゆったりした個室を持ち、家族の写真を飾ったり植物を置いたり、それぞれの好みに整えている。職員の机は、天板が可動式になっており、座り疲れたら立って作業することもできる(この可動式の机はスウェーデンでは一般的なもので、筆者もその後使っていたことがある)。個室での作業に疲れたら、共有スペースで同僚とお茶することもできる(この習慣はフィーカと呼ばれ大切にされている)。日本の職場だとたいてい個室はないし、可動式の机もないと言うと、「ここでも昔はそうだったよ」という答えが返ってきた。どうして変わったのかと聞くと、”Because we complained”(不満を言ったから)というのである。

スウェーデンはイノベーションの先進国として知られる。コーネル大学等が公表している、制度環境、人的資源、インフラ設備、知識や技術等の指標から各国のイノベーションの進度を計測する「グローバル・イノベーション指数」では、2016年に2位にランクインしている(わが国は16位)(※2)。筆者は同国訪問時、イノベーションを促す文化の一端に触れたように感じた。ちなみに、そのような文化と関係があるのか、同国は労働生産性も高く、2014年の労働時間当たりGDPはわが国より38%高い(※1)

わが国では調和が重視され、文句や不満を言うことは必ずしも歓迎されない面がある。しかし、そのような文化が、イノベーションを阻害する面はなかろうか。文句や不満は言うだけでは単なる愚痴だが、問題の解決に昇華されれば、イノベーションの源泉ともなろう。わが国でもスウェーデン式の可動式の机を導入した企業があることを報道で知った。既に一部先進企業では取り組んでいるが、健康で快適な職場環境の整備のほか、フレックス制やテレワークなどの働き方改革やIT投資による省力化など、生産性向上に向けたイノベーションの余地はまだまだあろう。そのようなイノベーションの積み重ねが、より働きやすく、幸せな職場環境につながり、ひいては労働生産性の改善につながることを期待したい。

(※1)OECD.Stat
(※2)Cornell University, INSEAD and WIPO (2016) The Global Innovation Index 2016

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