逆風下で問われるデフレ脱却への本気度

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2016年07月04日

2016年度の春闘では賃上げが3年連続で実施された。だが、賃上げの意欲は労使ともに萎んでおり、賃上げ率が低下している。連合によると2016年度の賃上げ率(定昇分込み、6月1日集計)は2.00%と、2015年度の2.20%や2014年度の2.07%を下回った。世界経済の先行き不透明感が強まり、2016年初めから円高株安が断続的に進むなど、企業を取り巻く環境の悪化が背景にある。

賃金は本来、労使間の交渉によって決められるものだが、第二次安倍内閣の発足以来、政府は企業に賃上げを促している。企業が政府の要請を受け入れて無理な賃上げを行えば、収益が圧迫されて雇用が減る恐れがある。ただ、政府の取組みが企業のマインドや行動を変化させ、賃金上昇の重要性が国民の間で広く共有されたことは確かだろう。賃金と物価が持続的に上昇するには、その基調に影響を与える春闘での賃上げ、とりわけベア(ベースアップ)が必要だ。景気動向にかかわらず、物価上昇と一定のベアが毎年実現されるようになれば、デフレから真に脱却したと言える。

賃金・物価上昇の流れを再加速させるためにも、まずは賃上げの意欲が高まる経済環境を整える必要がある。財政・金融政策に頼り過ぎず、働き方改革や待機児童問題の解消、立地競争力の更なる強化、農政改革の推進、TPP関連法案の成立といった重要課題に取り組むことが安倍内閣には求められる。深刻な課題ほどそれを解決した時の成果は大きいが、解決が難しいということはそれだけ事態が複雑である。消費税増税30カ月延期という判断が結果として評価されるよう、その猶予期間を活かして困難が伴う制度・規制改革を大胆に進めてほしい。

賃上げの促進に関しては、企業、家計、政府の三者で共有する認識を拡張すべきだろう。賃上げはデフレ脱却にとって重要だが、それだけではデフレ脱却を実現できないからだ。すなわち、賃上げによる人件費増が販売価格に転嫁され、それが更なる賃上げ、値上げにつながってはじめて賃金・物価上昇の持続性が生まれる。官民対話や政労使会議では賃上げ自体の重要性は共有されたが、賃金・物価上昇の持続性が生まれる過程への理解が広がっているとは言い難い。これでは賃上げが企業の負担増につながりやすく、景気が悪化すると実施が困難になる。

持続的な賃金・物価上昇とは、その限りにおいては企業の負担や家計の購買力に影響を与えない名目的な上昇であり、インフレが定着している国では景気後退期でも賃金・物価上昇が維持されている。経済の不透明感が強まる中、春闘での4年連続の賃上げを実現する上でも、賃上げだけでなく物価上昇を国民が受け入れていけるかどうか、本気度が問われている。

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神田 慶司
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 神田 慶司