英国を二分する国民投票が近づく

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2016年06月15日

英国ではいよいよ6月23日にEU残留の是非を問う国民投票が実施される。投票日まで2週間を切ったところでの世論調査によれば離脱支持がじわじわと伸びはじめている。有権者登録期限である6月7日の夜には、政府の登録受付サイトが急激なアクセス増加によりダウンした。殺到した未登録者の多くが若年層とされているが、政府は歴史的な一票を投じようとした有権者はすべて受け付けられるべきとして6月9日までの期限延長を行った。若年層は概して残留支持が多いため、政府による投票操作だと憤る向きも多い。実際6月6日付のYouGovによる世論調査でも18歳から24歳の若者のうち残留支持は約6割だが、投票率の高い50歳以上の半分超、65歳以上の高齢者は6割が離脱支持と、意見は各世代でも割れている。

ただし肝心の世論調査があてにならないことは有名な話で、代替策として挙げられる物差しの一つがブックメーカーの賭け率だ。それでも2015年5月の総選挙では、ブックメーカーの賭け率から90%以上の確率で(どの政党も単独過半数を取れない)ハングパーラメントと予測されていたにもかかわらず、保守党単独政権が誕生し、結果的に大外れとなった。今回は70%以上の確率で残留と予測されているが、総選挙時よりも確率が低いことが当然気になる。あてにならない指標に頼るより可能な限りサンプルを集めようと、保守党が単独政権となり国民投票の実施を決定した時から筆者は色々な場面で英国人にヒアリングを試みている。ここで気がついたことは、世論調査で示された属性別の支持層の違いは概ね筆者の取材ともその傾向が一致していることだ。労働者階級、白人、高齢者の組み合わせからは、見事なまでに離脱派の意見が出てくる。一方、高齢者でも富裕層かつスコットランド出身者であれば残留派でほぼ間違いない。

日本人同様に本音と建前を使い分ける英国人から本音を引き出すことは難しいが、ブラックキャブ(タクシー)の運転者にこの話題をふると、興味深い本音の意見が聞ける。日本で地方に行きおいしい店をタクシーの運転手に聞くのと同じ要領だ。

“君はエクスパット(駐在員)だろ? 少なくとも収入や職業が、英国女王陛下に認められてロンドンに住むことが許可されたのだろ? 一方なんだい、EUの連中は職業がなくても収入基準をクリアしなくとも英国に住んで失業保険はもちろん、社会保障で家さえも与えられる。不公平だと思わないか?”感情高ぶるドライバーに私の意見など無用だが、その様子を見ると、相当な不満が蓄積していることが垣間見られる。一緒に離脱派として戦おうなどと誘われるときもあるが、日本人に投票権などあるわけがないので、淡々とご高説を拝聴するに留めている。

また今回の国民投票については党議拘束がかけられていないため、与党保守党内、野党労働党内でも残留派と離脱派とに別れ、激論を交わしていることにも不思議な感覚を覚える。6月9日に行われたボリス・ジョンソン前ロンドン市長などが出演した公開テレビ討論会でも、公の場で同僚である同じ政党の議員同士が罵り合うという英国ではめったに見かけない光景が繰り広げられた。残留、離脱のどちらに転んだとしても、この国民投票が終わった後、本当に英国は一つの国として同じ方向を目指すことができるのだろうかと心配になる。英国は、むしろ6月23日が過ぎた後が注目されるといっても過言ではない。

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菅野 泰夫
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 菅野 泰夫