そしてグランドフィナーレが幕を開ける

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2015年11月16日

  • 小林 俊介

2015年は試練の年だった。ユーロ圏の存続に疑義を呈しかねなかったギリシャの騒乱や、中国からの資金流出を端緒とした国際的な金融市場の動揺など、世界経済の方向性を大きく左右しかねない出来事が発生し、世界中の政策当局、投資家、事業法人の対応を試し続けた。そして試練は終わっていない。米国の金融引締めへの転換という最大の難関が残されているためだ。2008年の金融危機以降、米国で採用され続けてきた緩和的な金融政策が世界的に流動性を供給し、経済・金融市場を下支えする効果を持ったことは疑いの少ないところであろう。今回、2006年以来9年ぶりとなる利上げが行われた場合、過去7年間以上に及んだ流動性相場の時代が終わりを告げたことを意味するのだろうか?

結論から言えば、現時点でこのような判断を下すことは時期尚早ではないかと考えている。米国の利上げのペースは、市場のコンセンサスと比較して遥かにマイルドなペースにとどまるだろう。米国経済は、短期の景気循環から判断して息切れの局面が近づいてきている。足下の米国経済を支えているのは家計消費であるが、これはドル高・原油安により企業から家計に対して実質的な所得移転が発生しているためであり、その効果はじき剥落する。中長期的な景気循環から判断しても、過去5年以上に亘って設備投資の伸びが経済を牽引する資本ストックの蓄積局面に米国経済はあったわけだが、結果としてこれ以上の設備投資の拡大余地はあまり残されていない。米国経済は成熟化のフェーズに入っている。

もちろん、利上げペースが緩やかだからと言って安心できるわけではない。今回、経済・金融市場に対して利上げ以上に大きな意味を持つのは、その先に待つFedのバランスシートの縮小である。Fedは既に「資産圧縮を開始するのは利上げの開始よりも後となる」との公式見解を発表している。逆に言えば、たった一度でも利上げした瞬間から、いつ国債やMBSの需給が悪化し始めてもおかしくない。結果としてタームプレミアムとリスクプレミアムが拡大し、世界中の全資産市場が劇的な混乱に見舞われる可能性も無視できないだろう。従って流動性相場の持続性は、最初の利上げとその先の資産圧縮懸念を引き剥がすコミュニケーションの巧拙にかかっている。

そして利上げに踏み切るという判断をするのであれば、Fedは本件に関してハト派的なガイダンスを出し続けざるを得ないだろう。利上げ直後に資産圧縮懸念が織り込まれて市場がクラッシュし、実体経済に波及してしまうようでは、舌の根も乾かぬうちに利下げ・QE4に追い込まれてしまうという本末転倒な結果にもなりかねない。また、来年11月に大統領選挙を控え、政治的にも本格的な引締めは歓迎されにくいだろう。資産圧縮懸念が金融市場および実体経済に与える影響が大きすぎるがゆえに、そしてそれが人為的に左右されうるものであるがゆえに、前述の市場混乱のリスクは抑制される可能性が高い。仮にそうであれば、流動性相場の時代は終わりを告げるのではなく、グランドフィナーレの幕開けを迎えつつあるとの見方も理に適っていると言えるのではないだろうか。

もっとも、こうした先延ばしの判断は、過去の超低金利と株高の時代に蓄積されたクレジットバブルのガス抜きをするという、金融引締め政策の本来の目的と矛盾する。Fedがハト派的なガイダンスにより金融市場の混乱を回避し続ける限り、過剰流動性により蓄積した歪みは温存される。本当の試練は、もう少し先で待ち受けているのかもしれない。

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