地政学の発想で世界地図を眺める

2015年3月10日

欧州でのウクライナ、中東・アフリカでのイスラム圏、アジアでの東シナ海や南シナ海、朝鮮半島、などでのさまざまな政治経済情勢の変動により、資本市場においても「地政学リスク」など「地政学」という言葉が出てくる機会が増えたように思う。地政学は、地理的な位置関係が政治や国際関係に及ぼす影響を研究する学問であり、覇権や勢力圏、紛争などを主題とすることが多い。そのため、キナ臭い印象を持つ人が多いかもしれないが、ここではキナ臭い面から離れて、地政学の発想で世界地図を眺めてみたい(※1)

というのも、経済学は時間的空間的要素を捨象しがちであるが、地政学は時間・空間を正面から捉えようとするものと考えられるからである。経済学は、複雑な経済現象を単純化していきモデル化して説明することにより、社会科学と称されるようになった。単純化したモデルと現実を照らし合わせ、現実のさまざまな課題の原因や解決策を導こうと試みてきたものである。しかし、あくまで現実を理解する方策としてのモデル化であったはずが、1970年代から米国を中心に隆盛となった新古典派の一部で、モデルに適合するように現実を変えていくべきだとの主張がなされるようになった。その際、現実の時間や空間の要素(さらには人間の複雑な心理や習慣などについても)をあまり考慮していないと思われる主張が多く含まれていたように感じる。そうした単純化とは別のアプローチとして、行動経済学や実験経済学などの研究が進められるようになってきた。

地政学に話を戻すと、まずハートランド、リムランドの観点が挙げられる。ハートランドはユーラシア大陸中央部を指す言葉として英国のマッキンダーが用い、リムランドはユーラシア大陸沿岸地帯を指す言葉として米国のスパイクマンが用いた言葉である(※2)。ヨーロッパ、大中東圏(北アフリカからメソポタミア、イラン高原を経てウィグル辺りまで)、インド、中国などがハートランドを取り囲む。マッキンダーはユーラシア大陸と地続きであるアフリカ大陸を併せて「世界島」と呼ぶ。その観点からは、南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸、南極大陸は世界島に対する「島」と位置付けられる。

地中海は一般的にヨーロッパと北アフリカの間の海域を指すが、地政学ではアメリカの地中海としてカリブ海、アジアの地中海として南シナ海を位置付ける。アジアの地中海については、オホーツク海、日本海、東シナ海、アラフラ海を加えて、広義のアジアの地中海とする見方もある。アフリカ大陸はサハラ砂漠より北を地中海沿岸地域としてヨーロッパと一体的な地域とし、サハラ砂漠以南(サブ・サハラ)と区別する。南アメリカ大陸については、アマゾンの密林を境に南北に分け、北側はアメリカの地中海であるカリブ海を介して北アメリカ大陸と一体的な地域として認識する。

このように捉えて、南極圏を中心に世界地図を眺めると、南極大陸の周辺は海が広がり、他の大陸は遠い。北極圏を中心に世界地図を眺めると、ユーラシア大陸北部と北アメリカ大陸北部が北極海を介して隣接し、サブ・サハラ、アマゾン以南の南アメリカ大陸は北半球の陸地から遠いイメージとなる。サブ・サハラ、アマゾン以南の南アメリカ大陸が世界史的事件で存在感が薄いのは、このような地理的距離感も影響していると考えられる。

地政学の発想で世界地図を眺めた上で、文明や国家の盛衰、今起きている経済的、社会的あるいは政治的事象を捉えてみると、また違った観点が生じてくるのではないだろうか。例えば、大中東圏は地形的な要因による人の往来の一つのまとまりであり、この地域でイスラム教が多数派となったことと無縁ではないだろう(※3)。人間の営みを記述する際、地理的な観点を導入することによって、より広がりと深みが増すと思うのである。

(※1)地政学は、大枠として大陸系地政学と英米系地政学の系統があるが、本コラムは英米系地政学に基づいている。英米系地政学の基本的な文献としてはH.J.マッキンダーの『Democratic Ideals and Reality: A Study in the Politics of Reconstruction』(1919年、近年の和訳としては曽村保信・訳『マッキンダーの地政学 デモクラシーの理想と現実』原書房、2008年)が挙げられる。また、中川八洋『地政学の論理 拡大するハートランドと日本の戦略』(徳間書店、2009年)、ロバート・D・カプラン(櫻井祐子・訳)『地政学の逆襲 「影のCIA」が予測する覇権の世界地図』(朝日新聞出版、2014年)などが参考になる。
(※2)ハートランドやリムランドの範囲は固定的ではない。ヨーロッパについては西欧、中国については伝統的な漢文明の中心地域である中原はリムランドと考えて良いと思うが、現在のEUや中華人民共和国はハートランド的な地域を含む。また、元々の用い方から離れて、陸地の中心部をハートランド、縁辺部をリムランドといった一般化された形で用いることもある。
(※3)東南アジアのイスラム教国であるインドネシアやマレーシアは、古来よりインド洋貿易を通じて中東地域との人の往来が盛んな地域である。また、地中海圏は古来はエジプト文明とギリシャ・ローマ文明が影響を与え合い、北アフリカでもキリスト教が主流となった時期もあるが、イスラム教が急成長していた時期には、イベリア半島(現在のスペイン、ポルトガルの地域)もイスラム化していた。

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