ROEの向上と賃金の引き上げのバランス

2015年1月13日

  • 金融調査部 兼 パブリック・ポリシー・チーム 研究員 太田 珠美

上場企業に対してROE(自己資本利益率)の向上と、賃金の引き上げを求める声が強まっている。基本的に、ROEの向上は資本をより効率的に使ってほしいという株主からの要望であり、賃金の引き上げは労働に対する対価を上げてほしいという従業員からの要望であるが、ともに日本経済の好循環実現のために必要ということで、政府が政策的に後押しをしている。

ROE向上も賃金の引き上げも、企業にとって重要なステークホルダーである従業員および株主と良好な関係を維持するためには実現することが望ましい。しかし、ROEは利益÷自己資本で算出されることから、数値を上げるには、利益を増やすか自己資本を減らす必要がある。利益は売上高から人件費など諸経費を減じて算出されるので、賃金の引き上げは利益の減少、つまりROEの低下につながることが予想される。

そこで、財務省が公表している法人企業統計を用いて、賃金の引き上げがどの程度ROEに影響するのか簡単に計算をしてみた。資本金10億円以上の企業(金融業、保険業を除く全産業)のROEは2013年度実績で7.2%だが、他の条件を変えないまま人件費を1%増やした場合(※1)、ROEは7.1%とわずかに低下した。人件費を1%増やした上でROE7.2%を維持するためには、人件費が増加した分他の諸経費を削減するか、売上高を増やして利益の額を維持する必要がある。自己資本を2%減らすことでもROEを維持することは可能だが(具体的には自己株式の取得や繰越利益剰余金の株主配当を行う等)、その原資として保有している現金・預金の15%程度を使う必要がある。

全体としてみれば、人件費の1%引き上げに対しROEの低下は0.1%ポイントにとどまり、大きな影響があるとは言えない。しかし、上場企業の個別の財務諸表を用いて同様の計算をしてみたところ、中にはROEが1%ポイント程度低下する企業も見られた。例えば人材を多く抱える必要がある小売業などは、諸経費の中で人件費が占める割合が相対的に高く、ROEに与える影響も大きくなる。本来、人材を多く擁する企業が賃金引き上げを行った方が経済的効果は大きくなるはずだが、そういった企業ほどROEは低下しやすいといった難しさがある。どのようにバランスをとるか、企業の戦略が問われる。

(※1)人件費には福利厚生費を含む。

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