国際協調における"公益"を共有することの難しさ

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2014年06月04日

昨今のニュースを見ると、クリミア紛争、EU(欧州連合)自体の今後の行方等の国際的な問題における各国間の政治・経済の関係がバイラテラルではなく、マルチラテラルな関係になっており、国際協調がより難しい局面にあると感じられる。筆者も含め多くの人は、これらの問題は“難しい”と評論家的に思うだけであまり実感が湧かないのが現実であろう。

しかし、筆者にも幸か不幸か、この国際協調の難しさを身に染みて感じられる機会が毎年2回ほどある。それが、国際監査・保証基準審議会の諮問・助言委員会(※1)のミーティングである。国際的なテーマであるため、当然国際的な協調が求められる。その中で、一番考えさせられるのは、パブリック・インタレスト、すなわち“公益”である。単純に解釈すれば、誰もが享受できる便益ということなのだが、会議の当事者になると、この“公益”の議論が思ったより難しい。さらに厄介なことに、議論の中では、協調の最大の障壁になるし、最大の逃げ言葉にもなり得る特性を持つ。

“監査”という狭い範囲の“公益”でさえも、監査報告というプロセスに関わる当事者である外部監査人、経営者、ユーザー等によって、そのとらえ方が異なる。その結果、「何のために、誰のために」という議論にあまり時間を割かれないケースが多い。多くの時間は監査上のテクニカルな側面に費やされてしまう傾向にある。上部組織として公益監視委員会(PIOB:Public Interest Oversight Board)という“公益”を冠した組織がある。多大な努力を重ねられているものの、グローバルな公益への対応には人数的制約があり、限界が見られる部分もある。現在では、各国ベースで国際監査基準を適用していくフェーズに移行しているが、各国の“公益”の相違も見られ、さらに難しい局面を迎えている。

9年近く委員を務めている中で、結局、何を守るのかの熱意が一番強い当事者を有する国々の“公益”を中心に議論が進んでいくことが分かった。熱意とは、主観的な“気持ち”の部分だけでない。国内でのステークホルダー間の真剣な議論を踏まえた客観的な部分を備えた強く共有した“思い”である。この“守るべき何か”が、監査基準では資本市場の信頼である。この信頼の維持・向上の“思い”を最も強く共有できている国が主導権を握っている現実がある。

我が国は、問題の所在の認識、国際基準への対応は優れているものの、この“思い”を国際的にアピールするための“何のために”=“公益”という真剣な議論が国内で不足しているのではないかと感じる。筆者の参加している国際会議は非常に狭い分野であるため、他の国際的な問題に対応されている方々からは、“何を青臭いことを”とご反論を受けそうだが、そこは大きな視点でとらえていただきたいと切に願うところである。

(※1)国際監査・保証基準審議会(IAASB:International Auditing and Assurance Standards Board)の諮問・助言グループ(CAG:Consulting Advisory Group)。メンバー機関(一部オブザーバー機関含む)は、IASB(国際会計基準審議会)、PCAOB(米国公開会社会計監視委員会)、FEE(欧州会計士連盟)、IAIS(国際保険監督協会)、バーゼル銀行監督委員会、IOSCO(証券監督者国際機構)、EC、世界銀行、IMF、世界証券取引所連盟、米国アナリスト協会、日本証券業協会等約30の機関。筆者は日本証券業協会の代表として参加。

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内野 逸勢
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 内野 逸勢