情報を10万年、継承できるか

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2014年01月20日

昨年、1970~80年代に録音したカセットテープやMD(ミニディスク)などを処分した。何が録音されているか確かめたかったが、再生機器がないため未確認のまま処分した。一方、同じ時代の教科書やノートなどは、読み、かつ理解することができた。

これは記録媒体の寿命によるものであり、ハードの寿命とソフトの寿命に分けられる。カセットテープやフロッピーディスクはカビや捩れが発生しやすく、CDでも数十年、低品質のものだと半年で駄目になる例もある。ハードディスクにも寿命はあるし、メモリは読み書きできる回数が有限である。また媒体がハード的に寿命を保っていても、筆者のように再生する機器を持っていないと、情報を取り出すことができない。機器を持っていても、古ければ仕様の違いなどで読み出せないものも出てくる(古いOS上でしか動かないソフトのデータは読み出せない)。これがソフトの寿命である。

しかし、ハードの寿命は、技術の進歩や専門家による管理で対応できる可能性はある。過去の技術と思われていた磁気テープが、大容量化・信頼性向上(劣化を抑える素材)などを実現して、クラウドやビッグデータ時代のバックアップやアーカイブとして活用されているという(※1)。石英ガラスを使って、億年単位のデータ保存が可能な技術も開発されている(※2)。適切な時期に最新版のクラウドに乗り換えれば、媒体の寿命やソフトの新旧交代で読み出せなくなることも避けられるだろう。クラウドに代わる新しいソリューションが出た場合は、それに乗り換えればいい。

ただし、もう少し長いスパンでみると、語彙・文法や文化・社会の変化によっても情報の継承性が失われる恐れがあると考えられる。デジタルメディアに比べ寿命が長いといわれる紙や粘土板は、洞窟絵画は数万年前、文字は数千年前のものが残っている。正倉院には1000年以上前の和紙もある。しかし、これらを「読む」ことができる一般人はいないであろう。現代語訳の「古事記」や与謝野晶子訳の「源氏物語」といったもの(※3)でも、現代の本を読むようには筆者の頭に入ってこなかった。もっと最近の太平洋戦争当時の新聞でも、理解するには苦労が伴う(少なくとも筆者は)。これも一種のソフトの寿命といえるだろう。

技術の保守運用に関わる情報の場合も、長期間の継承は困難と考えている。人は間違う、人は忘れる、だから完全無欠なマニュアルを用意しようとするが作成できないし、たとえできても、いずれ陳腐化する。陳腐化しないよう改訂し続けても、「何故、その作業が必要なのか。何故、これをやってはいけないのか」といった本質(背景・理由)を引き継ぐのは難しく、形骸化した作業によってトラブル発生の原因ともなるだろう。

つまり、技術革新により億年単位で情報を継承できる可能性があるハードの寿命に比べ、ソフトの寿命は、非常に短いと考えられる。このため筆者は、原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物を万年単位で地層処分する案に対して、保守管理するための情報の継承性への懸念を持っている。2012年に日本学術会議は「万年単位に及ぶ超長期にわたって安定した地層を確認することに対して、現在の科学的知識と技術的能力では限界があることを明確に自覚する必要がある」として、提案の一つに「数十年から数百年程度のモラトリアム期間を確保する」「暫定保管」を挙げた(※4)。これは「この期間を利用して、技術開発や科学的知見を洗練し、より長期間を対象にした対処方策を創出する可能性を担保する」メリットを期待しての案であるが、情報の継承性という意味でも、興味深い数値といえる。

「数十年から数百年」という単位で継承されている技術情報といえば、1000年以上続いてきた日本の伝統行事である遷宮(神様の引越し)がある。2013年は伊勢神宮と出雲大社で遷宮が行われた(※5)が、参拝者の大幅増加やテレビで特集番組が組まれるなど話題になったので、ご存知の方も多いだろう。伊勢神宮では、御装束神宝(※6)も古例に従って調製しており、これには伝統工芸技術を守り伝える意味があるという。出雲大社では、竹の釘を使うなどの技法は踏襲しているが、重機など現代技術も利用していた(※7)ことから、守るものと変えるもののバランスをとっているように見える。両遷宮に携わった多くの関係者に、継承の真髄を聞いてみたい。

(※1)日経コンピュータ 2013年7月25日号 「磁気テープ、まさかの復権 国産の技術革新で『1巻35TB』へ」
(※2)日立製作所 ニュースリリース 2012年9月24日 「石英ガラスの内部にCD並み容量のデジタルデータを記録・再生する技術を開発 数億年のデータ保存に耐えるデジタルアーカイブを実現
(※3)青空文庫に収蔵されたもの。
(※4)日本学術会議 2012年9月11日 回答「高レベル放射性廃棄物の処分について」
(※5)伊勢神宮は20年に1回、社・神宝・装束を全て新しく作り直す建て直し型、出雲大社は60年に1回、使えるものは使い続けるリフォーム型。
(※6) 御装束:正殿の内外を奉飾する御料の総称で525種、1,085点/神宝:調度の品々で189種、491点(伊勢神宮公式Webサイトより)
(※7) NHK NHKスペシャル2014年1月4日 「二つの遷宮 伊勢と出雲のミステリー」

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