ロンドンの保育園探しでEUの移民政策を実感する

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2013年12月24日

今日はクリスマスイブ。今年のロンドンは、不況時には12月前半から始まっていたセールが、なかなかスタートしないほど、景気の良さが実感できるようになっている。ロンドンに来て半年が経つが、相変わらず国際色豊かな街であり、近所の公園にいけば、英語以外にも必ずフランス語、ロシア語、ヒンズー語などが飛び交っている。妻にもロシア人のママ友が増えつつあり、娘のロシア人友達(正確には英国人とロシア人のハーフだが)が増えることは非常に喜ばしいことである。

またロシア人の友達が増えた理由として、娘が通っている保育園(ナーサリー)にロシア人が多いこともそのひとつである。保育園といえば、ロンドンでも待機児童問題があり、それに加えて私立保育園の料金が非常に高く、月額で£1,000(約17万円)を超えるところも少なくない。公立保育園は無料と聞いていたので調べてみたが、3歳以上が対象で(英国人やEU圏の家庭が優先のため)、アジアからきた駐在員の優先度はあまり高くないようだ。しかたないので、カウンシル(区役所)に行って近所の保育園の一覧表をもらい、かたっぱしから電話をかけて、やっと1件見つけられたのはラッキーであった。

また、英国人でもキャリアを目指す女性では、午前中(もしくは午後)しか預かってくれない公立を利用するケースは稀で、存在すら知らない人が多い。日々、高額な私立保育園代を支払うために働いている人が多いのには驚きであった。無論、ロンドンの保育園は日本と同じで、子供が熱を出すと預かってくれない。よってキャリアを目指す女性などは、いざという時のために、お抱えのナニー(ベビーシッター or お手伝いさん)を各家で準備しているのが一般的である。

妻の親戚が近くにいるため、何かあったときには子供をすぐに預けられる安心感はあるが、我が家も一応、いざという時に頼れるナニーを探すこととなった。ナニーを探すのは簡単で、民間大手のお手伝いさんサイトから、近所で登録している人を様々な条件で検索できる。日本でいうお手伝いさん=メイドの様な高級なイメージではなく、こちらは移民や主婦の主たる仕事の一つのため、多くの人が気軽に利用できる。我が家のナニー探しで重視する唯一の条件は、ロシア人の妻と、娘の教育のために、ロシア語がネイティブに話せることだ。さっそく、このサイトで“ロシア語が話せる”を条件に入れ検索してみると、ラトビア人、ブルガリア人等、ロシア人以外が大量に出てくることに気が付いた。どうして?という疑問はさておき、さっそく会ってみようということになり、検索で最初に出てきた、近所に住むブルガリア人と面接することとし、色々と話を聞くことにした。

まず驚きであったのが、このブルガリア人がほぼ完璧なネイティブなロシア語を操れる事実だ。およそ40歳以上のブルガリア人であれば、小学校時代からロシア語教育を受けており、ほぼネイティブ並にロシア語を話せるとのこと(さすが旧共産圏!)。これはいいと思い、パスポートを持ってきてもらい労働ビザを見せてもらおうとすると、この仕事であれば、何時間働いても特段労働ビザは必要ないとのことだ。どうしてか?を調べていくうちに、わかったのは、その理由が、現在のEUの移民政策に隠されていたことである。

英国が加盟するEUでは、1997年のアムステルダム条約にて「人の移動の自由」が保証され、域内での人の自由な往来が可能となった。その後、2004年5月のEU拡大時、ポーランド、ラトビア等の中・東欧の合計8ヵ国を対象に労働者登録スキーム (Worker Registration Scheme:WRS)を実施し、基本的に労働市場を全面的に開放した(要するにEU諸国に加盟している国民であれば、登録だけでロンドンに住んで働ける)。さらに来年の2014年1月から、2007年1月にEUに加盟したブルガリア、ルーマニア両国民に対して英国での就労の自由が完全開放される予定である。ちなみに段階的な市場開放が実施されており、低スキル労働(ベビーシッター、レストランウェイター等)であれば、来年の完全開放の前からも、既にブルガリア人、ルーマニア人に労働市場が開放されている。

また今年7月にEUに加盟したクロアチアも、2020年6月に完全開放が予定されている。最近、ウクライナでのEU加盟デモがあった背景は、周辺国のポーランドやルーマニアの人々が、自由にロンドンやパリで出稼ぎできることに対する不満が爆発したともいえるだろう。ただしこの政策により英国は、大量の移民流入を招く結果となっており、若年層失業率の上昇は深刻な社会問題となっている。またEU移民の社会給付手当(年金、医療等)の負担が増すことも含めて、キャメロン首相が2017年までにEUからの離脱を国民投票で問う姿勢を見せていることは興味深い事実である。

以上の経緯により、ロンドンでロシア語を操る人材を探すことは、東京で探すよりも圧倒的に簡単である。個人的に一番注目しているのは、ラトビアであり、バルト3国の中でも圧倒的にロシア人の移住者が多く、若い世代でもロシア語がネイティブ並に話すことができる。たとえるなら、日本人が北海道へ移住するようなイメージで多くの旧ソ連時代のロシア人が移住した歴史があるそうだ。ちなみに、オフィスに毎日くる女性の清掃員も何故かラトビア人が多く、ロシア語の勉強になるので、ロンドンでの生活で重宝しているひとつだ。

シティでは、アベノミクス第3の矢である成長戦略に期待することとして、少子高齢化が進む日本に対して大胆な移民政策の実行に期待する声が多い。日本人ではあまり実感のない、EUの移民政策の現状には、日本の構造改革を紐解く糸口があるのかもしれないと、こんな娘の保育園探しの過程で実感したのであった。
 

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菅野 泰夫
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 菅野 泰夫