若返る林業

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2013年08月12日

  • 大澤 秀一

夏の炎天下、足場の悪い山の斜面で、春に植付けた苗木の生育を防げる周囲の雑草木を刈り払い機や鎌で刈り取る作業が続いている。樹冠が密になり暗くなった森では、チェーンソーで間伐を行い、次代の若木のための光を地面に導いている。ダニやヒル、ハチなどから身を守るために完全防備した林業従事者の服の中は蒸し風呂状態だ。秋になれば、木が乾燥し、葉が落ちて見通しが効くようになるため、重機などを利用した施業が本格化する。半世紀以上かけて育てた樹木は重量が大きいため危険度は非常に高く(※1)、伐木や集材作業は最も気の抜けない作業の一つだ。そして再び春が巡ってくれば伐採跡地への植付け準備として地ごしらえを行い、一本一本新しい苗木を手で植付ける。

林業の労働環境は、ある程度機械化が進んだ今でも過酷で危険なものである。しかし、最近、若年者層が増えたことで平均年齢は2005年の54歳をピークに2010年に51歳まで若返っていることが明らかになった。また、現場で働く人の総数は5万人程度で下げ止まりの気配を見せている(※2)。若返りの要因としては、若者の間で自然志向や地球環境をめぐる問題意識が高まっていることなどが挙げられる。作業は季節に応じた施業を毎年繰り返すだけの一見、単調なもののようだが、日々成長して毎回新しい姿や色、香りを楽しませてくれる森の中で働く喜びは他には代えられない。さらに、森を持続可能で健全な状態に導いている充実感も若者を森に向かわせる理由の一つであろう。

また、10年前に始まった「緑の雇用」(※3)と呼ばれる林政の労働施策も要因の一つに挙げられる。林野庁の調べでは、緑の雇用事業を2003年から実施した結果、2010年までに累計で11,500人が利用している。林野庁『平成24年度 森林・林業白書』(平成25年6月7日公表)によると、就業者総数(林業従事者(約5万人)に管理職や事務職を加えた数は68,553人)に占める35歳未満の若年者率は17.6%に達し、農業(7.2%)や漁業(12.6%)を上回った。緑の雇用は新規就業者を段階的かつ体系的に育成するとともに、個人の能力を客観的に評価できるようキャリアに応じた登録制度を国において創設し、登録者の地位向上や林業事業体の評価に役立てることを目的としている。

緑の雇用のプロセスとしては、まず、就業希望者に対して各地で林業関係団体が就業相談会(ガイダンス)を開催し、要望に応じて20日間程度の林業就業支援講習を行う。林業の作業実態や就労条件等の理解を促進して林業に対する敷居を下げるためだ。相談会は盛況で、林業と無関係の業種からの参加者も多いという。次に、就業を決意した若者が林業事業体(森林組合や一般事業体)に研修生として採用される。採用にあたっては、国から林業事業体に対して一人当たり9万円/月(3か月間)がトライアル雇用費用として助成される。この間に辛くて辞めてしまう者もいるようだが、新規就業者を確保する効果があるという。トライアル雇用を乗り越えた新規就業者には日常の業務とは別に育成研修が用意されている。新規就業者が各県の林業労働力確保支援センターなどで3年間(75日程度)の林業作業士研修を受ければ、林業事業体にトライアル雇用費用と同額(1年目10か月、2、3年目8か月を上限)の助成が継続される。林業作業士研修では、森林の機能や施業の方法等林業就業に必要な本格的な知識や技術の習得、現場作業に必要な安全衛生教育や技能講習が実施される。

緑の雇用を開始してから10年が経過した今年度からは、現場管理責任者および統括現場管理責任者としてキャリア・アップするための研修経費の助成も始まった。現場管理責任者研修は林業作業士として最低5年以上の現場経験を積んだ者が受講でき、森林施業の工程管理を低コストで実践する知識や技術の習得等を行っている。また、統括現場管理責任者研修は、現場を10年以上経験した者を対象として、経営に参画できる営業・販売能力や複数の作業班を統括管理できる判断力、コミュニケーション能力などを備えるための研修を行っている。国は2011年4月から、林業作業士、現場管理責任者、総括現場管理責任者の登録制度を運用開始しており、林業従事者の社会的評価の向上を図るとともに、事業主が待遇の改善に取組めるよう運用している。

林業では他産業と比較して立ち遅れていた雇用管理面の整備が課題となっていた。また、中小零細な事業体が多く、自力での評価基準等の整備も難しかった。登録制度の浸透や運用成果はこれからだが、若者がやりがいの持てる職業として林業を選ぶ動きが今後も広がっていくことに期待したい。

(※1) 平成22(2010)年の全産業の労働者千人あたり1年間に発生する死傷者数は平均2.1人だが、林業は27.7人で最も高い。(出所:林野庁『平成24年度 森林・林業白書』(平成25年6月7日公表))
(※2) 総務省「国勢調査」
(※3)正式な事業名は、「緑の雇用」現場技能者育成対策事業(林野庁)。2013年度予算は約62億円(森林作業道作設オペレーターの育成事業を含む)。事業内容の詳細は林野庁「緑の雇用」ウェブサイト。具体的な活動内容は「緑の雇用」総合ウェブサイトで詳しく紹介されている。

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