企業のグローバル化に対応するためのリスクマネジメントの「現地化」

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2013年08月05日

  • 横溝 聰史

豊富な労働力と安価な人件費を求めて、日本企業は製造拠点として中国等に多くの製造子会社を設立した。近年では日本市場の成長が鈍化する一方で、成長著しい新興国に販売子会社を設立して事業拡大を図っている。製造業以外でも、新興国市場に海外子会社等を設立し、事業拡大を計画している企業が増えている。 欧米のグローバル企業も同様に新興国に販売の活路を求めている。企業活動のグローバル化は進展していると言えるだろう。

そのようなグローバル化の進展の中で、日本企業は適切に事業を運営・拡大していくことが望まれる。しかし、海外子会社は日本市場とは異なる様々なリスクに直面している。言語・文化・慣習・制度等各国ごとに異なる特有のリスクが存在している。例えば、現地では、法律・法令等が日本とは異なり、違った対応が望まれる可能性がある。

更に、リスクはグローバル化の進展に伴い、多様化且つ増大しており、グローバル化を推し進める日本企業にとって、国内体制から一歩踏み込んだ次元でのリスクへの対応、リスクを組織的に軽減するリスクマネジメントの整備・運用が急務となってきている。

しかしながら、海外子会社では、社長や管理部門長の組織の要となる重要なポストを日本から派遣された日本人が独占し、且つ多くの職務を兼任している。日本の本社のようにリスクマネジメントの専門担当者がいない場合が多く、自ずとリスクマネジメントの優先順位が低い。

また、以下に示す問題により、本社と海外子会社間での情報伝達・意思疎通が困難になり、本社側で海外子会社が直面するリスクに対し対応するのが困難な状況になっている。

1)地理的距離
中国の海外子会社は比較的距離が近いにしても、例えばニュージーランドや南米の新興国であるブラジルは遥かに遠い。この場合頻繁に訪問し、リスクマネジメント状況を直接把握し、また対応することは困難である。

2)時差
欧米諸国など時差がかなりある海外子会社の場合、電話等でのコミュニケーションも行いにくい場合がある。

3)組織階層
本社から海外子会社まで複数の組織階層があるので、途中で情報や意思伝達が食い違う可能性も起きる。

4)言語
海外子会社のリスクマネジメント担当者が日本人でない場合は英語等の共通した言語を介する必要がある。

以上のような海外子会社が直面している問題に対し、リスクマネジメントの「現地化」を提案したい。

先に述べたとおり、日本の海外子会社の経営層や財務・経理等の重要なポジションの多くは日本人出向社員で占められ、ローカルスタッフへの権限移譲を行う「現地化」が欧米企業に比べて遅れている。その分、日本人出向社員は少ない人数で多くの職務を兼任し、日常業務を日々こなすことで精一杯の状況である。この際、日本人出向社員の負担を軽減するためにも、リスクマネジメント機能をローカルスタッフに権限委譲し、「現地化」することが今後の望ましい姿ではないかと考える。ローカルスタッフであれば、現地の事業環境やビジネス慣習にも通じており、海外現地特有のリスクの洗い出しやそのリスク対応にも日本人以上に能力を発揮するのではなかろうか。

また、リスクマネジメント機能をローカルスタッフへ権限移譲することにより、本社のリスクマネジメント担当者が頻繁に現地を訪問する必要がなくなる。リスクの程度や種類にもよるが、事前に本社とコミュニケーションする頻度も少なくなるのではなかろうか。従って、リスク対応への意思決定も現地で迅速に行うことが可能になり、リスクによる損失を未然に防いだり、またはその損失の程度を小さくすることができる。

尚、そのためには、本社と海外子会社のリスクマネジメント規程、本社の関係会社管理規程の中にリスクマネジメントの役割・権限や本社・海外子会社間の指示・報告系統が規定・明確化されている必要がある。リスクの程度や種類によっては、本社への事前連絡が必要と思われるものもあり、勝手に現地で対応することにより会社としての対応が適切でない場合もあり得るからである。また、権限委譲とともに、リスクマネジメントの状況を定期的にモニタリングする監査は必要となる。権限委譲し業務執行は任せるにしても、その業務執行の結果をモニタリングしないと子会社に対するガバナンスが弱体化する可能性があるからである。

上記のように踏まえておくべきいくつかのポイントはあるものの、日本のグローバル企業は、リスクマネジメントの「現地化」を押し進めることにより、リスクへの効果的な対応を行いながら、海外子会社の事業運営を円滑に行うことは可能と考えられる。それは最終的には、企業価値の向上に繋がると言えるだろう。

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