異次元緩和の効果を発揮するには市場との対話と実体面の裏付けが必要

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2013年04月22日

黒田新日銀総裁のもとで初めて開かれた4月3~4日の金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」の導入が決定された。市場参加者は文字通り「次元の異なる金融緩和」を驚きとともに好感し、円安・株高の流れが加速した。

現在の日銀はインフレ率を2%とすることを目標としている。量的・質的金融緩和では、操作目標をマネタリーベース(銀行券などの流通現金と日銀当座預金の合計)に変更した上で、それを2年間で2倍に拡大する。また、資産買入等基金は廃止され、長期国債の買入れオペレーションに吸収される。日銀保有の長期国債の残高については日銀券発行残高以下に抑えるという銀行券ルールがあるが、その適用は一時停止される。超長期国債を含む幅広い年限の国債を購入して長めの金利の低下を促し、さらにはETFやJ-REITの買入れを拡大して資産価格のプレミアム低下を狙っている。これらの措置により、企業の資金需要を喚起し、金融機関や投資家にポートフォリオ・リバランス効果(手元資金をよりリスクの高い資産や貸し出しなどに回す効果)をもたらし、人々のインフレ期待を醸成するという3つの成果が期待されている。

黒田日銀の政策に対しては、従来に比べて非常に分かりやすくなったとの評価が聞かれる。今回の緩和策でとりわけ大胆だったのがマネタリーベースの拡大であろう。2012年末のマネタリーベースは138兆円であったが、これを2014年末には270兆円まで増額する予定である。銀行券の増額はごくわずか(2012年末:87兆円⇒2014年末:90兆円)であるため、2012年末に47兆円だった当座預金を2014年末に175兆円まで積み上げないと目標額は達成できない。金融機関からみれば必要以上に大規模な準備預金(超過準備)を保有することになる。つまり、市場参加者の協力を得る必要がある日銀が、市場との対話をこれまで以上にうまく行えるかどうかが政策の成否を決めるカギの一つである。

また、仮にマネタリーベースの目標が達成できたとしても、それだけでは実体経済へ与える効果が確実とは言えない。図表1はマネタリーベースとマネーストックの推移をみたものである。日銀は2001年3月に量的緩和、2010年10月に包括緩和を導入し、マネタリーベースは超過準備の積み上げによって大幅に増加した。ところが、その間のマネーストックは非常に安定したペースで推移し、マネタリーベースとの関係性はむしろ希薄だった。今後、マネタリーベースを増やしてもマネーストックが増えないという、金融政策と実体経済の関係に変化をもたらすことができなければ、マネタリーベースの拡大を目標とする政策が直接的に経済を刺激する効果は期待しにくい。

他方、マネタリーベースの拡大はお金の量を増やすため、円の価値が低下して円安をもたらすチャネルで実体経済にプラスの影響を及ぼすという指摘がある。行き過ぎた円高の是正が日本経済にとってプラスであるのは確かだが、図表2が示すように、流通するお金の量を表す日本のマネーストックは、例えば米国に比べて1990年代半ばから趨勢的に減少している。日本は1999年2月にゼロ金利政策を導入するなど米国に先駆けて積極的な金融緩和を続けてきたにもかかわらず、2000年代以降も日米のマネーストック比率は低下を続けている。

量的・質的金融緩和の導入後に円安の流れが強まったのは、おそらくお金の流通量が相対的に増加するためではなく、市場参加者が日銀の強い決意を評価し、諸外国とのインフレ率格差が縮小していくという期待が高まったためではないだろうか。近年の日本の金融政策はインフレ率に十分有意な影響を与えてこなかったとみられるが、未曽有の金融政策により、これまでの経験とは異なる結果をもたらすという予想が形成されても不思議ではない。

しかし前述のように、マネタリーベースの拡大が実体経済に与える緩和効果が実証的には不確実である中で、デフレ期待を払拭し、過度な円高を防いでいくためには、潜在成長率の引き上げといった実体面からの裏付けが重要となる。すなわち、市場の期待が高まっている間に、円安の好機を活かして規制・制度改革を進め、経済構造を強化すべきである。こうした改革は、短期的には経済構造の急激な変化によって倒産や摩擦的失業を生む可能性が高いため先送りされがちだが、市場の期待で経済環境が改善に向かう中ではそのマイナス面を吸収できるだろう。市場に広がっている期待を現実のものとしていくためにも、その期待を活かして実体経済面での改革を着実に実行していくべきである。

 図表1 マネーストックとマネタリーベース

(注)季節調整値。
(出所)日本銀行統計より大和総研作成

図表2 円ドルレートと日米マネーストック比率

(注)マネーストックは季節調整値。
(出所)日本銀行統計より大和総研作成

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神田 慶司
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 神田 慶司