中国の大気汚染

-日本の経験から言えること-

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2013年02月08日

  • 金森 俊樹

本年初からの北京を始めとする中国各地での深刻な大気汚染で、急上昇(爆表、針が振り切れる)するPM2.5が再び注目されている。ネット上では‘十面霾伏’という言葉が溢れ、1月の流行語ベストワンにランクインされる事態となっている。霾は砂埃や黄砂、スモッグの意で、「いたるところスモッグに覆われている」ということになろうか。十面霾伏で人々の健康が四面楚歌の状況に陥っているとの声も多い。十面霾伏は、故事に由来する成語で同じ発音の‘十面埋伏’をもじったものだろう。十面埋伏は軍事上、四方八方いたるところに敵の兵が隠れており、危険な状況にあることを示すが、まさに最近の深刻かつ広範な大気汚染で、庶民が逃れるすべもない状況になっている事態は十面埋伏に似ている。TVの人気キャスターからも、「世界で最も遠い距離は、王府井(北京の目抜き通り)で、手を繋いで歩いている相手の瞳だ」といった自嘲気味の洒落も聞かれる。

ちょうど深刻な大気汚染が発生した1月中旬のタイミングで、清華大学とアジア開発銀行(ADB)の共同研究チームが、中国の環境分析報告書を発表している。それによると、中国の500の都市のうち、世界保健機構(WHO)の基準を満たしている都市は1%にも満たず、世界の10大大気汚染都市のうち、中国の都市は不名誉にも北京を含め7つの都市(北京の他、太原、ウルムチ、蘭州、重慶、済南、石家荘)がランクインしている。また、大気汚染が毎年もたらしている経済的損失について、同報告は、健康被害のコストに基づく推計ではGDPの1.2%(約6,000億元)、人々が大気汚染改善のために支払ってもよいと考える(‘支付意愿’、WTP, willingness to pay)コストに基づくと3.8%(約2兆元)に達すると推計している。昨年の全人代の際、すでに環境保護局の元幹部は、大気汚染も含め環境悪化がもたらしている経済的損失がおよそGDPの5-6%程度であろうと発言しており、こうしたコストを勘案すると、経済成長は見かけほどではない(あるいは質を伴っていない)ことは、当局も以前から率直に認めているところだ。

改めて、深刻な公害問題を克服した過去の日本の経験に関心を示す向きも多いという。環境関連技術の開発、種々の環境基準の導入等参考になるかもしれないが、日本の経験も踏まえ、中国にとってより本質的な事は何かを考えると、以下のような点ではないだろうか?

  1. 環境問題の経済的本質が外部不経済、または負の公共財であることを明確に認識すること。この点は、「社会主義市場経済」の旗の下で市場経済を志向する中国にとっても同様である。こうした位置付けを改めて明確にすることにより、資源価格体系の改革、なんらかの環境関連税制の導入、環境保護や省エネ関連投資促進のための財政措置など、外部不経済を内部化する措置を積極的に検討できる素地が形成されることになる。

  2. 環境問題の改善と経済成長を二律背反的にとらえないこと。環境保護への取組みは、むしろ新たな環境関連投資やビジネスの創出をもたらす意味で、成長のエンジンとなり得ること。この点に関連して、中国でも今回の大気汚染問題を契機に、例えば、株式市場において新エネルギーや省エネ等の戦略的新興産業株が急騰する(‘環保風暴’)動きが見られ、あるいは現行5ヵ年計画で規定されている7つの戦略新興産業の投資収益率が相対的に高いことが、すでに明らかになってきている。

  3. 環境への取組みは、地域経済の活性化、また環境関連の公共事業を通じ地域のインフラを整備していく原動力になり得ること。中国においても、農村部はインフラ整備が遅れている一方、豊かな自然や資源等の潜在的優位性も実は持っている。環境問題への取組み強化は、中国にとってもうひとつの大きな政策課題である都市と農村の地域格差是正にも資する点を認識することが有効だろう。

中国はすでに現行5ヵ年計画等でエネルギー総消費量の抑制目標を設定する等、環境問題の重要性を十分認識はしているようだが、政策の実行を伴っていない(2012年6月7日リサーチレポート「中国:環境問題への対応」)。今回の深刻な大気汚染は、改めて当局に問題の深刻さと、環境問題を放置したままでは、これまでのような経済成長は持続可能でないことを知らしめた点で意味があるとも言えるが、その代価はあまりにも大きい。禍を転じて福となせるか(‘転禍為福’)、環境問題は国境がないだけに、影響を受ける日本としても、中国の環境問題への取組みを監視し、また必要とあれば支援もすべきだろう。

[関連レポート]今月の視点-深刻化する大気汚染

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