遠い未来を語る意義

2013年1月30日

昨今、巷の書店では、20○○年と今から10、20年さらには30年先の話をテーマにした書籍をよくみかける。果たして、預言者でもない者が遠い未来を見通すことにどんな蓋然性が担保されているのだろうか。一概に30年間といっても相当な長い時間である。例えば、焼け野原となった終戦(1945年)から約30年で、日本が高度経済成長という目覚しい経済発展を遂げることをどれだけの人が想像しただろうか。また、1985年9月のプラザ合意前は240円/米ドル前後だった為替レートがその後30年以内に80円を下回るという、通貨価値にして約3倍になる通貨高が進行すると、当時の会議参加者は予想していたのだろうか。そして、1990年までの10年間で平均約5%成長を達成した日本経済が、バブル崩壊から現在に至るまでの約20年間の平均成長率が1%にも届かないという超低成長(いわゆる失われた20年。これにしても当初は失われた10年といわれていた)へ激変してしまった未来を、バブルを謳歌した人々が頭の片隅に置きながらお立ち台で踊っていたとは到底思えないのである。このように、我々が住んでいる日本に関して思いもしなかった事態が起きているにもかかわらず、それを30年後の世界全体に広げて想像しようなど何をか言わんやである。

そのような批判を承知のうえで、30年後の世界に敢えて言及しなければならない必要は何であろうか。目下の日本の長期的関心事は、年金や医療などを含めた包括的な社会保障制度と税の一体改革であったり、また東日本大震災をきっかけに大きくフォーカスされている電力・エネルギー問題に対する考察であろう。いずれも一世代、二世代と長期的な視点で取り組むべき課題であり、30年というスパンに相応しい。ただ、前者は、異なる世代間や同じ世代における所得再分配を議論しているのであり、そもそも分けるべき所得がどのように、そしてどれほど生み出されるかを直接的には扱っておらず、蓋然性が高いであろう日本経済の長期見通しが前提になろう。海外との関わりを制限した江戸時代のような閉鎖経済ならばいざ知らず、開放経済下の現在では、海外の動向が日本経済の前提として重要である。

また、後者のエネルギー問題にしても、地下資源の乏しい今の日本では、国内で賄えないエネルギー源を海外に依存する他なく、原発問題を受けてより切迫した課題になっている。2012年の貿易赤字は6.9兆円と、第2次オイルショックで輸入原油価格が高騰した1980年を上回り、過去最大に膨らんだ。日本は1981年から30年間輸出立国として成長してきたが、当面は赤字傾向が続くとみられる。割安で安定的なエネルギーを確保すると同時に、その支払いに充てる外貨を稼ぐべく、世界全体でみた最適な資源配分が必要であろう。従って、蓋然性の高い日本経済を描くためには、世界経済見通しも当然ながら蓋然性の高い方がいい。

失われた20年が、30年、40年そして50年と延々と続いてしまうのか。それとも、すべてを“取り戻す”とはいかないまでも、失われた20年が幸せで落ち着いた30年にチェンジしていくという希望を持っていいかは、神のみぞ知るである。

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