証券会社の破綻処理に公的資金注入は必要か?

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2012年10月03日

  • ニューヨークリサーチセンター 主任研究員(NY駐在) 鈴木 利光
金融庁は、今年の5月29日より、金融審議会「金融システム安定等に資する銀行規制等の在り方に関するワーキング・グループ」を開催している。本稿執筆時点(2012年10月1日)において、その会合は6回を数える。

同ワーキング・グループは、第4回の半ばを境に、「金融機関の破綻処理の枠組み」をテーマに審議を継続している。

ここでいう「破綻処理」は、金融危機以降のG20や金融安定化理事会(FSB)のいう“resolution”の日本語訳である。その“resolution”は、破産法に基づく通常の清算手続きではなく、いわゆる「大きすぎてつぶせない」金融機関(“Too Big To Fail”)が破綻の危機に陥った場合の特別処理を指している。「金融危機対応のための金融安定化措置」と言い換えた方が、よりイメージしやすいだろうか。

わが国では、このような「金融安定化措置」として、預金保険法102条が据えられている。同条は、内閣総理大臣が「金融危機対応会議」の議を経てシステミック・リスクのおそれを認定した場合、ケースの特性に応じて、第1号措置の資本増強、第2号措置の預金全額保護、第3号措置の一時国有化等を講ずる必要がある旨認定できることを定めている。2003年のりそな銀行への資本増強、足利銀行の一時国有化は、同条に基づく措置である。

欧米では、昨今の金融危機において、このような「金融安定化措置」に基づき、公的資金注入による“Too Big To Fail”の救済(ベイルアウト)が多数行われている。

英国では、時限立法によるノーザン・ロック銀行の国有化(2008年2月)を契機として、預金取扱銀行のベイルアウトを恒久化する「2009年銀行法(Banking Act 2009)」を制定している。
米国では、金融危機の深刻化に対して、2008年10月に「緊急経済安定化法(Emergency Economic Stabilization Act of 2008)」を制定し、シティ・グループやバンク・オブ・アメリカといった預金取扱銀行(グループ)のみならず、AIG(保険会社)やベアー・スターンズ(証券会社)のような「ノンバンク」をもベイルアウトの対象としていた。

しかし、FSBは、2011年11月のG20カンヌ・サミットにて採択された報告書、「金融機関の実効的な破綻処理の枠組みの主要な特性」において、このような納税者負担を強いるベイルアウトを廃止し、債権者や株主による損失負担、そして金融業界による破綻処理費用の負担といった「主要な特性」を備えた破綻処理枠組み(「主要な特性」)の策定を提唱している。対象機関は、「システム上重要な金融機関」としており、預金取扱銀行のみならず、ノンバンクも「主要な特性」の対象となり得る旨提唱している。

米国は、「主要な特性」の公表に先んじて、2010年7月にドッド=フランク法を制定し、ベイルアウトを廃止している。
そして、欧州連合(EU)も、2012年6月に公表した法案(EU指令案)にて、「主要な特性」を踏襲した破綻処理枠組みを提案している。

もっとも、EU加盟国である英国は、EU指令案の公表にかかわらず、2012年8月、ノンバンクの破綻処理枠組みに関するコンサルテーション文書を公表し、証券会社(およびその親会社)をもベイルアウト(ただし、ここでは一時国有化のみ)の対象とする旨の提案をしている。これは、2009年銀行法に基づくベイルアウトの対象を証券会社にまで拡大する提案といえる。
こうした英国の動向は、(公的資金注入は極力避けるべきであるというアプローチを採ってはいるものの、)ベイルアウトを廃止するというFSBやEUの議論とはその方向性を異にするようにも思われる。

金融庁は、冒頭のワーキング・グループにて、FSBのメンバーとしてこれらの国際的な動向に配慮しつつ、わが国における破綻処理枠組みのあるべき姿を議論している。

筆者が同ワーキング・グループを傍聴する限りでは、FSBが提唱するようにベイルアウトを廃止するのか(預金保険法102条を廃止するのか)、それとも英国が提案するようにベイルアウトの対象を証券会社にまで拡大するのか(預金保険法102条のような金融安定化措置を、証券会社の破綻処理に際しても導入するのか)、いまだ方向性が明確に打ち出されているとはいえない。

一部には、公的資金の注入の手当をしてもらった方が、証券会社の格付けが上がり資金調達が容易になるとの意見もあるようである。しかし、この問題は破綻処理だけでなく、証券会社と銀行の業務分野にもかかわる議論につながり得る。銀行の業務拡大にあたっては、預金保険制度で保護され、あるいは公的資金注入制度を通じて保護されているものがリスクテイク業務を行っていいのかという指摘があり、銀行が本体で引受業務等のリスクの高い業務を行えない論拠の一つとなっている。仮に証券会社にも公的資金を注入することになった場合、この論拠が崩れ引受業務は証券会社が行っても銀行が行っても同じという議論へとつながりかねない。これは米国のボルカー・ルールや英国のリング・フェンスの議論とは逆行するように思われる。さらに、公的資金の注入を可能とした場合、極力それを回避するために、証券会社や保険会社にも銀行に類似した事前規制的な措置が導入されることは想像に難くない。

そもそも破綻処理枠組みの整備と公的資金の注入は、同一視すべき問題ではない。銀行のシステミック・リスクと証券会社や保険会社のシステミック・リスクを同質のものと扱うことには疑問が残る。破綻処理枠組みの整備や銀行におけるベイルアウトの維持は必要としても、ベイルアウトの対象を証券会社や保険会社に拡大することには、慎重な検討が必要であろう。

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