ドイツ連銀vsECB(欧州中央銀行)

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2012年08月28日

ドイツ連銀のバイトマン総裁が、ドラギECB総裁に反旗を翻している。原因はECBが8月2日の金融政策理事会後に明らかにした国債買取プログラムの刷新計画である。ECBはスペイン、イタリアの国債利回り高騰に直面して、ここ半年は休眠状態だった国債買取プログラムを、より規模が大きく実効力を持つスキームに刷新して、国債購入を再開することを示唆した。この刷新計画の詳細は9月6日のECB金融政策理事会後にも発表されるとみられている。


これに対してバイトマン総裁は、ECBの国債購入拡大はユーロ圏加盟国がECBへの依存度を高める懸念が高いこと、各国の財政健全化のインセンティブを損なう恐れがあること、ECBに損失が発生した場合に財政健全国の納税者もその負担を迫られること、ECBの中央銀行としての独立性を脅かす懸念があることなどを挙げてこれに反対している。バイトマン総裁はECB金融政策理事会(総数23名)のメンバーの1人だが、8月2日の金融政策理事会では唯一反対票を投じた模様である。ドラギ総裁の前任のトリシェ総裁時代には、ECBの金融政策理事会は全会一致が原則で、またそこで決定された事項に関しては対外的に「一つの声で」発言するとされていた。ただし、この原則はこのところかなり崩れてきている。


ドイツ連銀にはECB設立に際して、その手本となったという自負がある。我こそは中央銀行の王道というわけである。けれども、ドイツ連銀がドイツという一国の金融政策を担っていたのに対し、ECBは17か国の金融政策を担当している。ということは、ドイツ連銀はドイツ政府の政策とのバランスを考慮すればよかったのに対し、ECBは17か国の財政政策と、さらにはユーロ圏閣僚理事会、EU議会などとの力関係のバランスをとる必要がある。その中でECBの政策も変容を余儀なくされている。


バイトマン総裁の反対意見は、一見、伝統重視(=やや時代遅れ?)、原則重視のドイツと、ECBとの対立からくるとみえる。ただ、ここにはもう一つ、民主主義という欧州の政治の根幹にある価値観と、実務との間のあるジレンマも顔をのぞかせていると考える。バイトマン総裁はECBの国債購入に反対する理由として、(ユーロ圏の個々の加盟国の)国家債務増大に伴うリスクを他国が共同で担うという決定は政治(議会)がなすべき決定であるという点も挙げている。これは確かに正論だが、その「政治(議会)」は何を指しているのだろうか。各国閣僚が集うユーロ圏首脳会議やユーロ圏財務相会議が現在はその役目を果たしているが、あくまで各国代表であり、自国の納税者に対して説明のできない決定はできない。他方でEU議会という存在があり、徐々に権限が拡大されてきてはいるが、現状ではまだ首脳会議等の決定事項を追認するにとどまっているように見受けられる。だからこそ、ECBが国債購入の決断を下さざるを得なかったのだろうし、バイトマン総裁の反対意見は、少数意見としてECBの国債購入の決定を覆すことはないだろう。ここにもユーロ圏が政治統合がまだ中途の組織であり、改革推進が必要なことが示唆されていると考える。

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山崎 加津子
執筆者紹介

金融調査部

金融調査部長 山崎 加津子