日影と日向を巡る忍耐

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2012年06月27日

  • 岡野 武志
今から40年前の昭和47年、建築物による日照阻害について、日照を法的保護の対象とする初めての最高裁判決(※1)が出された。昭和40年代には、都市への人口集中が進むにつれて、日照権を巡る紛争は激しくなっていた。経済発展は多くの国民の願いであったが、その傍らで生活環境の悪化について忍耐を強いられた人々も多く、多数の住民運動や法廷闘争が展開されていた。そのような中、同判決では日照を快適で健康な生活に必要な生活利益と認め、日照を著しく妨げられることは受忍限度を超えると判断している。その後、この判決があった6月27日は、「日照権の日」と呼ばれている。


建築基準法が公布された昭和25年当時には、高層の建築物が少なく、建物などが密集する地域も多くなかったためか、居室の日照や採光についての規定を置くにとどまり、建築物相互の関係にはあまり注意が払われていなかったとみられる。建物の高さについても、通行や防火などに支障がない場合には、許容範囲が広かったようである。日照権を巡る紛争が多発していた頃の昭和45年の改正では、日照保護が同法に一部取り入れられたものの、本格的な日影規制が導入されたのは、上記判決から約4年が経過した昭和51年のことになる。経済発展の途上にあった時期の環境関連の法律には、生活環境の保全と経済や産業の発展の調和を図る、いわゆる経済調和条項が盛り込まれたものもあり(※2)、国民の忍耐は当然と考えられていたのかもしれない。


現在では、太陽の光は生活利益としてだけでなく、エネルギー源としても期待されている。住宅用の太陽光発電は普及が進んでおり、累積設置件数は既に100万件を超えているという(※3)。7月からは再生可能エネルギーの固定価格買取制度の運用も開始される。全国各地で企業などが大規模太陽光発電(メガソーラー)に参入する動きもみられ、発電事業者への屋根貸しなどを始める自治体もある(※4) 。そうなってくると、日照に関する問題は、従来の日影による不利益についてだけでなく、日照が生み出す利益の配分とそのコスト負担や弊害にも、対象範囲が広がることになる。当事者や関係者が大きく増えれば、権利義務の関係が複雑になり、問題も発生しやすくなる。そして、社会で進行している現実に対して、法や制度が適切な対応を怠れば、問題が紛争に拡大する可能性は高まるであろう。


経済産業省は、調達価格等算定委員会の意見書を受け、再生可能エネルギーの固定価格買取制度における調達価格と賦課金単価を公表した(※5)。電気の買取に要する費用は、「賦課金」として電気料金に上乗せされ、電気の使用者が負担することになる。賦課金の負担については、電気の使用者に対して過重なものとならないよう配慮することとされている(※6)。しかしこの制度では、施行から3年間について、特定供給者(発電事業者)の利潤に特に配慮して買取価格を定めることにもなっている(※7)。他方では、電気料金の値上げが検討される傍ら、原子力発電所再稼働の動きも着々と進められている。安全・安心なエネルギーや持続可能な社会を手に入れるための負担を、国民や企業の過重な忍耐にしないよう、真摯な対応と誠実な説明が望まれる。


(※1)昭和47年6月27日:最高裁判所第三小法廷判決(民集 第26巻5号1067頁)
(※2)昭和42年に制定された公害対策基本法は、第1条2項に「前項に規定する生活環境の保全については、経済の健全な発展との調和が図られるようにするものとする」と規定している。
(※3)「住宅用太陽光発電システムの設置が累計100万件を突破」一般社団法人太陽光発電協会
(※4)「県有施設の『屋根貸し』による太陽光発電事業」神奈川県
(※5)経済産業省ニュースリリース
(※6)電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法第3条4項
(※7)電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法附則第7条:「経済産業大臣は、集中的に再生可能エネルギー電気の利用の拡大を図るため、この法律の施行の日から起算して三年間を限り、調達価格を定めるに当たり、特定供給者が受けるべき利潤に特に配慮するものとする。」

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