消費増税の条件をGDP成長率で判断することの限界

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2012年04月23日

2012年3月30日、政府は消費増税法案を閣議決定した。それへ向けた議論の過程で最大の焦点となったのが、増税する際の経済状況について具体的な条件を法案に明記すべきかであった。民主党の政策調査会合同会議では、政府が成長戦略シナリオと掲げている「名目3%、実質2%のGDP成長率」を条件に明記すべきという意見があったものの、最終的にはその数値を2011~20年度の目標とする記述に留められた。しかし、今後の国会審議の中で、再びGDP成長率を増税条件として盛り込むべきだという声が出てくる可能性がある。

GDP統計を利用するエコノミストの立場から言うと、GDP成長率だけに注目して増税実施の是非を判断することには賛成できない。たしかにGDPは誰もが知っている経済指標であり、経済活動を総合的に捉えられる最も重要な統計だ。だが成長率を条件として使用するには、そうしたメリットを上回るかもしれないデメリットがあることにも注意を払わなければならない。

第一に、GDP成長率は公表のタイミングが遅い。GDPは四半期に一度発表されるが、何十種類もの統計を用いた加工度の非常に高い統計である。そのため速報性が低く、発表されるタイミングは早くて1ヵ月半ほど先になる。例えば2012年1-3月期のGDP(一次速報)は5月17日に公表される予定だ。

第二に、四半期ベースの成長率は短期的には非常に大きく変動する。図表1をみると、増税の条件の一例として考えられる実質2%を上回ったり下回ったりしている。ある程度の期間をならして景気の状態を判断する必要があるということだが、実際には、判断する時点で公表されている直近値に影響を強く受けるなど、増税論議の混乱を招きかねない。

第三に、GDPは実績値であっても、時間の経過とともに大幅に修正されることがめずらしくない。GDPの作成のもとになる統計は、月次で発表されているものもあれば数年に一度しか発表されないものもあるためだ。GDP統計は一次速報、二次速報、確報、確々報と過去の実績の遡及改訂が繰り返され、さらに5年に1度行われる基準改定では、GDPの推計方法がより先進的なものに変更されることがある。

図表2は、各暦年の実質GDP成長率がどう改訂されたかを見たものである。最初に発表される速報時(毎年2月中旬)から2年後までは、確報や確々報へ改定される時に実績値が大きく変わることがある。図の中で特に成長率が変化しているのは2003年であり、最初の発表時に前年比+2.7%であった成長率は1年後に+1.4%へ、2年後に+1.8%へ、3年後に再び+1.4%へ、そして基準改定の影響で8年後に1.7%へ修正されている。

以上のように、各時点で得られているGDPの情報が足下の経済情勢を正確に表しているとは限らず、それだけを基準とすることには限界があると言わざるを得ない。だからこそ、増税法案では増税の前に、「名目及び実質の経済成長率、物価動向等、種々の経済指標を確認し、(中略)経済状況等を総合的に勘案」する旨を述べているのだろう。

ただ、経済情勢を総合的に判断するという曖昧さもまた、判断する人や組織の恣意が入り込む余地が大きい。実際の増税の前に景気判断をする上で、どのような経済指標を重視し、どのような手続きを経ることになるのか、多くの国民や市場関係者が納得できるルールについて議論を深める必要があろう。

図表1四半期ベースの実質GDP成長率 図表2実質GDP成長率は過去の実績値が変わる

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神田 慶司
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 神田 慶司