増税論議と市場

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2012年01月19日

  • 調査本部 常務執行役員 調査本部 副本部長 保志 泰
今年の国政における最大の争点が「消費税増税」にあることは間違いないだろう。国民の中にも、今後の社会保障制度を支えていくために負担の増加は避けがたい、という考え方は徐々に浸透しているのではないかと思われる。しかし、各種世論調査を見る限り、消費税増税をすんなり容認する意見は決して多数ではない。

消費税増税は個々の家計にとって負担の増加であり、当然ながら歓迎されない。また、逆進性の問題や、中小企業への悪影響などマクロ景気に対する悪影響を懸念する声も大きい。では、金融資本市場、特に株式市場の観点からみたとき、消費税増税はどう受け止められるのだろうか。

まず、過去の消費税増税の際の株価の反応を確認してみよう。日本で消費税が導入された89年4月(税率3%)と税率が引き上げられた97年4月(同3%→5%)を振り返り、その際の株価変化、具体的には増税の直前と直後それぞれ6か月の平均TOPIX(月末値の平均)を比較して変化率を見た。すると、89年は+8.7%、97年は+1.4%と、ともに株価は上昇していた。

同様に、海外のケースを検証すると、まずドイツの付加価値税率引き上げ時のDAX指数変化率(同様の計算に基づく)は、93年1月(税率14%→15%)で+7.5%、98年4月(同15%→16%)は+21.3%、07年1月(同16%→19%)では+19.1%であった。いずれの際も大きく上昇したと言ってよいだろう。さらに、英国の91年4月のケース(同15→17.5%)で見ても+14.3%(FTSE100指数で同様に計算)と、2ケタの上昇を示していたのである。要するに、日本でも海外でも、消費税が引き上げられたとき、因果関係はともかく市場全体の株価指数は上昇した、という事実がわかる。

消費税増税が株式市場に影響を及ぼす経路を二通り考えてみたい。一つは短期的な事実や期待の変化、すなわちマクロ経済や企業収益の変動を通じた経路である。消費税率が引き上げられるとき、事前の駆け込み需要と、事後の反動減が起こり、合わせて若干のマイナス効果があるとされている。しかし、そのマイナス効果は決して大きいものではなく、株価に対する悪影響もマクロベースではほとんど確認できない。

そして、もう一つは長期的な期待の変化を通じた経路である。増税は将来的な財政の安定性確保につながり、債券市場における金利上昇リスクを限定する、あるいは家計部門における防衛的な姿勢を緩和する効果などが期待できる。将来期待の変化は株価を形成するリスク・プレミアムを変動させることになる。

特に後者の経路は、以前と比べて影響が大きく現れる可能性が高い。将来の経済成長に対する期待値は、過去20年の間に大きく低下し、そのまま定着しているとみられるためだ。その期待値が少しでも改善するとなれば、市場に対するインパクトも大きくなると考えられる。消費税増税が直接的に成長期待を改善させるわけではないが、財政不安が高まる中、消費者や企業経営者、そして投資家の心理を刺激する効果は十分あるとは言えないだろうか。とくに投資家に対しては、増税という政治的に困難な決定自体がポジティブに評価される可能性がある。なぜなら、彼らが最も嫌うのは経済の膠着をもたらす不安定な政策運営であり、その前進は歓迎すべきことだからだ。

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保志 泰
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