取締役の報酬等の決議と“sayonpay”

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2011年09月01日

回答に困る質問を受けること自体は、それほど珍しいことではないが、最近、「米国のドッド-フランク法で導入された “say on pay” が、わが国の会社法制に与える影響は何か?」という質問を受けたときには、本当に頭を抱え込んでしまった。

ドッド-フランク法(正式には「ドッド-フランク ウォール街改革及び消費者保護法」)は、昨年(2010年)に成立した米国の金融制度改革に関する法律である。その大部分は、システム上重要な金融機関の規制やデリバティブ規制など金融に関する内容であるが、一部、事業会社を含む上場会社全般に係わる内容も含まれている。その一つが、役員報酬について株主の承認手続(ただし、法的拘束力はない)を求める “say on pay” である。

ドッド-フランク法が導入した “say on pay” は、おおむね次の通りである(ドッド-フランク法951条による1934年証券取引所法14A条の改正)。

SECの委任状勧誘規則により役員報酬開示義務が課される株主総会等の委任状等には、次のものが含まれなければならない。
(1)少なくとも3年ごとに、開示が義務付けられる役員報酬の承認のために、株主による決議(法的拘束力はない)
(2)少なくとも6年ごとに、前記(1)の決議の頻度を定める株主による決議

この “say on pay” のわが国の会社法制への影響を考える上で、筆者が、最初に突き当たった難問は、法律の体系上の問題である。すなわち、株主総会の権限などを定める、わが国の会社法に相当する法律は、米国では連邦法ではなく州法の管轄である。ドッド-フランク法が、“say on pay” 導入のために改正した1934年証券取引所法は連邦法であり、これは、わが国の金融商品取引法に相当する市場法である。法律の文言が、株主総会の決議を直接義務付けるのではなく、委任状等に「含まれなければならない(shall include)」という変わった規定の仕方をしているのも、連邦法の管轄である委任状勧誘規制の範疇に収めるための工夫だと推測される。

こうした米国法における連邦法と州法、会社法と市場法という複雑な体系の中で位置づけられる “say on pay” を、わが国における会社法制との関係で整理することは、容易なことではない。

仮に、この問題を脇に置くとすれば、わが国の上場会社の大多数を占める監査役設置会社においては、会社法上、取締役の報酬等は、そもそも定款又は株主総会決議によって定めることとされている(会社法361条)。従って、わが国の監査役設置会社に関しては、(株主総会では報酬総額の上限のみを定めて、各取締役に対する配分は、取締役会等に一任するという実務運用はともかく)法律・制度面においては、米国の “say on pay” が問題となる余地はない、というのが一般的な理解ということになるだろう。

しかし、「役員報酬」の定義を厳密に見ていくと、実は一筋縄ではいかないことが明らかになる。すなわち、ドッド-フランク法の “say on pay” は、取締役(director)の報酬ではなく、SEC規則によって個別開示義務が課される一定の上級役員(executive officer)の報酬を対象としているのである。

米国の会社とわが国の監査役設置会社とでは、法律上も、実務上も、ガバナンスの構造が全く異なっている。そのため、米国企業における上級役員は、わが国の監査役設置会社の何に該当するのか、業務執行取締役か、いわゆる執行役員(法律上は使用人)か、といった議論は、容易に結論が導き出せるものではない。

加えて、米国の “say on pay” とわが国の取締役の報酬等の決議とでは、そもそも制度設計の根本思想が違うともいえる。すなわち、米国の “say on pay”の手続は、CEO、CFOなど一定の上級役員の個人別の報酬額が開示されていることを前提に、その開示された内容に対して、法的効力のない承認決議をとるという仕組みをとっている。その意味では、個々の役員が最終的に受領した報酬額も含めて、事後チェックを行うという性質を有しているといえよう。それに対して、わが国の会社法では、法的効力のある承認決議が必要だが、取締役全体の報酬総額の上限のみを定めればよいという仕組みである。その意味では、事前に総額ベースの報酬額に枠(キャップ)をはめるという性質が強い。もちろん、わが国でも連結報酬等の総額が1億円以上の取締役等については、個人別の報酬額の開示を義務付ける制度が昨年(2010年)から導入された。しかし、これは金融商品取引法に基づく有価証券報告書における開示であり、会社法上の取締役の報酬等の決議とはリンクしていない。

以上のように考えると、筆者としては、米国の“say on pay”が、わが国の会社法制に与える影響を単純に論じることは困難であると結論づけざるを得ない。とはいえ、会社の業務執行者の報酬等に対する株主のチェック機能を制度的に担保するという考え方自体は、両者に共有されているように思われる。その意味では、米国の “say on pay”導入は、わが国における現行の制度(開示制度なども含めて)が、どの程度、機能しているのかを改めて考え直す良い機会だということはできるかもしれない。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳