金融商品取引法のエンフォースメントと私法上の効力

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2011年06月20日

2011年5月17日、「資本市場及び金融業の基盤強化のための金融商品取引法等の一部を改正する法律」(以下、金商法等改正法という)が可決、成立した。今回の金融商品取引法の改正も、ライツ・オファリングに関する制度の整備、英文開示の範囲拡大など重要な項目が多岐にわたって盛り込まれている。その中に、一見、地味ながらも、筆者が注目している項目がある。それは、無登録業者による未公開有価証券の売付け等の法的な効果に関する規定(「民事ルール」)の創設である。

そもそも、無登録で金融商品取引業を行うことは、金融商品取引法上、刑事罰をもって禁じられている。しかし、金融商品取引法の規制に反する無登録業者が、情報開示の不十分な未公開株式等を高齢者などに売り付けるといった消費者被害が社会問題となっていることから、今回の金商法等改正法でも無登録業者に対する規制強化が行われている。この「民事ルール」の創設もその一つであり、その概要は次の通りである。

無登録業者が非上場会社等の株式・社債等の売付けを行った場合、原則、その売買契約は無効とされる。どうしても売買契約が有効であると主張したければ、無登録業者(又は売付け等の対象となった未公開有価証券の売主・発行者)の側が、「その売付け等が顧客の知識、経験、財産の状況、対象契約を締結する目的に照らして顧客の保護に欠けるものでないこと」又は「その売付け等が不当な利得行為に該当しないこと」を証明しなければならない。

このルールの画期的な点は、金融商品取引法に違反する行為の民事上、私法上の効力そのものを、原則、無効とするということである。もちろん、金融商品取引法は、その定める規律が遵守されることを担保するために、既に各種の法の執行(エンフォースメント)の手段を用意している。「刑事罰(懲役刑、罰金刑など)」や「財産没収・追徴」は、つい先日、ファンド会社元代表らのインサイダー取引事件について最高裁判所の判断が下り、有罪が確定したのでご存知の方も多いだろう。比較的、軽微な違法行為に対しては、「課徴金」納付命令が金融庁から数多く出されている。違反者が、金融商品取引業者であれば、業務停止命令などの「行政処分」がなされることとなる。また、法定開示書類の虚偽記載を行った企業に対して投資者が損害賠償請求を行うといった「民事責任」もある。その他にも、昨年、証券取引等監視委員会が無登録業者などに対して実施して、一躍、注目を浴びた「裁判所の禁止・停止命令」もある。

確かに、これらのエンフォースメントの手段は、これから起ころうとしている違反行為を差し止めたり、抑止したりすることには有効である。しかし、既に成立してしまった売買契約等を遡ってなかったこととすることはできない。そこに悪意を持つものが付け入る隙があったことは、残念だが、認めざるを得ないことだった。

今回の創設された民事ルールは、基本的に、いわゆる無登録業者問題に特化した仕様となっている。しかし、金融商品取引法の規律が、民事上、私法上の効力に影響を及ぼすことが求められる局面は、他にも想定し得る。例えば、公開買付け規制や大量保有報告書の提出義務に違反した企業買収や議決権取得の有効性の問題は、しばしば取り上げられている。また、2007年に日本取締役協会が策定した「公開会社法要綱案 第11案」には、「公開会社法上、金融商品取引法違反を構成する会社の行為の効力は原則として無効とする」という条項が盛り込まれている(2.15)。

ひょっとすると、今回のこの小さな改正が、将来のわが国の市場法制(その中には、いわゆる公開会社法も含まれ得る)を大きく変える転機になるかもしれない。これが、筆者の、心中、密かに思っていることである。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳