日本を捨て、日本を救う

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2010年10月28日

  • リサーチ本部 常務執行役員 リサーチ本部副本部長 保志 泰
円高の進行が止まらない。このまま放置すれば企業は次々に海外に逃げていくとの懸念が広がっている。政策対応で円高の進行を止めるか、企業を国内につなぎ止めるための施策を打つか、政策当局には何かしなければ、という危機感に満ちている。

もっとも、全世界的な通貨安競争の中で円高進行を止めるのは容易でないし、日本の期待成長率が低い中で、手っ取り早く企業の国内活動を活性化させるような都合の良い施策は見当たらないのが現実である。おそらく、施策を打とうが打つまいが、企業の海外での活動ウエイトがこれまで以上に拡大することは火を見るより明らかである。本社機能の海外移転が増えても何ら不思議ではないし、それが合理的な企業行動と言えるかもしれない。

ここで、仮に発想を逆転してみたらどうだろうか。企業が積極的に「日本を捨てる」ことを前提に動くのである。企業が海外に本社機能を移せば、現地人の採用が拡大して日本人の採用は減り、海外での調達が増えて日本国内での調達が減る。まさしく日本の空洞化に拍車を掛ける行動かもしれない。

しかし、合理的な行動を行う企業は、必ずしも低コスト一辺倒ではないはずだ。誠実で勤勉な社員を求めて日本人の採用を増やすかもしれない。また、そうした人材を十分に確保できる日本に本社機能を置くのがやはり合理的と考えるかもしれない。多くの大企業がグローバル化して合理的に人材採用を行うようになれば、内向きと言われる現代の日本人学生の発想が変わり、いわゆるグローバルに通用する人材を増やす効果もあるかもしれない。あるいは、開発基地をいったん海外に移転したとしても、技術が集積する日本の中小企業を積極的に活用しようとして、再び日本に移す動きも出るだろう。要するに、いったん日本を捨てることによって、グローバル流の合理性が日本に持ち込まれると同時に、日本の良さを再認識し、再び日本を活性化させる効用を持つのではと期待されるのだ。

本当に合理的行動が求められるのは、むしろ日本を捨てることのできない議会や役所などかもしれないが、これまで日本の旧来システムを支えてきた企業が日本を捨てようとしたとき、そこも変わらざるを得なくなるだろう。最近の日本企業は国内での設備投資をあまり積極的に行わず、現預金を大量に溜め込んでいる。この行動は銀行を通じて最終的に日本の財政赤字の穴埋めに使われているわけで、それがなくなれば、政府も変わらざるを得なくなる。

「グローバルの合理主義は日本人の感性に合わない」と考えて、旧来のシステムを維持しながら漸進的な変革を求める声は少なくない。しかし、そのような時間は残されていない。「日本を捨てる」大胆な行動が、結果的に日本を再評価し、日本を救う道になる、と考えるのは少々乱暴だろうか。

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保志 泰
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