急速な変化を遂げるベトナムの労働市場

2010年10月18日

  • アジア事業調査部 伊藤嶺
1990年代以降、ベトナムは日本企業の進出先として注目を集めてきた。特に、低賃金で豊富な労働力を目的に製造業企業による生産拠点の設立が早くから行われてきた。ここ数年においては、国際協力銀行が毎年実施している調査(※1)によると、日系製造業企業の進出先候補として、中国、インドに次いで3位をキープしている。加えて、消費市場やサービス市場としても今後の成長が大いに期待されている。人口は9000万人に迫るとともに、実質GDPは年平均6%以上の高成長を続けており、ベトナム統計総局の予測では2010年も6.5%以上の成長となる見込みである。1人当たりGDPは2008年に1000米ドルを超えており、日本で言えば高度成長期に差し掛かった頃の水準にある。実際、国連の調査(※2)によると、世界の企業がベトナム進出を検討する理由では「国内市場の成長性」が1位となっている。日中間において領土問題やレアアースの対日輸出制限など依然として様々な問題が噴出している中で、しばらくは日系企業にとってのベトナムの重要性は高まることはあれども、今より下がることはないであろう。

このように企業の間でベトナムに対する期待感は高まる一方だが、進出に当たっては多くの課題が潜んでいる。電力不足による停電や脆弱な物流網なども問題となるが、最も特筆すべきは労働市場の急速な変化である。従来、若くて豊富で低賃金な労働力がベトナム最大の魅力と言われてきたが、今夏に現地日系企業にヒアリングした結果では、業種を問わず既に多くの企業が労働者不足に悩まされている。外資を含め企業数の増加に起因した人材獲得競争の激化に加え、離職率の高さが大きな原因となっている。国内全体の年間離職率は10~20%程度と言われるが、ある日系企業の工場では3ヶ月で従業員の5割が離職するなどの例もみられた。また賃金については、2008年1月から2010年1月で物価上昇率が26%であるのに対し、地域別に毎年決められる外資企業の法定最低賃金は平均30%以上、場所によっては50%近く引き上げられた。加えて、必要な労働力を確保するために、多くの企業は法定最低賃金を上回る賃金水準の設定を余儀なくされている。企業にとっては、こうした労働市場の急速な変化が継続すれば死活問題となりうる。

中国、タイ、マレーシアなどの周辺国と比べると、ベトナムの経済発展はまだまだ初期の段階にある。しかしながら、企業が直面するであろう問題は既にそれらの先行国と似たような状況にあることに注意しなければならない。例えば、中国のように組織的で会社を跨ぐようなストライキが近い将来に起こることも考慮すべきであろう。ベトナム政府はこうした課題の解決に向け、2011年から新しく始まる10ヵ年計画の策定に総力を挙げており、大和総研においても幾度となく知見の提供を行ってきた。日本企業にとっては、10ヵ年計画などを手掛かりに政府の目指す方向性を把握することがリスク回避の一助となる。その上で、労働市場のように恒久的な課題となりうるものは、進出に当たりあらかじめ対応の方向性を定めておくべきである。例えば、高い離職率を不可避の前提条件として人事計画を立てるのか、それとも離職率の低下を目指すかによって企業の取るべき対策は大きく異なってくるであろう。

(※1)「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告-2009年度海外直接投資アンケート結果(第21回)」

(※2)「World Investment Prospects Survey 2009-2011」

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