ロンドン報告 2010年冬

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2010年01月28日

  • 児玉 卓
2009年12月の中旬、ロンドンに着任した。およそ19年振りの同地駐在である。19年振りではあるものの、ここは住宅着工件数が景気指標としてあまり役に立たない欧州の地である。マネーの狂乱に踊った10年を挟んでいるとはいえ、街のつくりや雰囲気から隔世の感を受けるようなことはない。

ただ、やはり少なからず発見はある。金融街や繁華街ではブロックに一軒といった感じでスターバックスがあり、似て異なるコーヒーショップが数多ある。これだけをとれば日本と同じだが、日本は長い「喫茶店」文化を持つ。スターバックスはそのスタイルを変えたに留まる。しかし、19年前のロンドンにはコーヒーショップ自体が皆無に等しかった。優雅で七面倒なアフタヌーンティーなどに興味のない身としては、週末の街歩きに疲れると、昼でもパブに入るしか休む手段がなかった。今や、昼からビールを飲むには相応の言い訳が必要な街になってしまった。

パブといえば夜に食事を供するようになったのも、個人的な行動範囲からすれば大きな変化のひとつである。かつて、パブでの食事といえば、週末の朝食と昼食に限られており、夜のパブは男たちが延々と、多くの場合立ったまま1杯か2杯のビールを数時間かけてちびちび飲む場と決まっていた。今のパブは便利で賑やかな場所になった。女性が目立ち、家族連れさえ珍しくない。もちろん、一定の層にとっては伝統の変質であり喪失に他ならないのだろう。

イギリスは階級社会であるというステレオタイプな評価の真実味も揺れ動いているように見える。クリスマスの翌日はボクシング・デイと呼ばれる休日で、店という店が一斉にセールを始める。その日のハロッズは、1月2日の伊勢丹の初売りもかくやと思わせる人の波であった。さすがに19年前のこの日に、何処をうろついていたのか記憶にないが、かつてハロッズは庶民が足を向ける場所ではなかった。庶民には庶民の行くべき場所があり、結果としてハロッズが日本のデパートのような人の波に埋もれることはなかったのである。

これを変えたのは、やはり狂乱の10年だったのだろうか。マネーの出入りが人の出入りを誘発し、街全体のウインブルドン化が進む中で階級社会が溶解しつつあるのだろうか。

例えばユニクロ。日本でのユニクロの顧客層はごちゃ混ぜである。学生も新入社員も会社の社長もいる。だから、ごちゃ混ぜにならないかつてのイギリスで、ユニクロがうまくいかないのは当然だった。しかし今、店のスタイルや会社が変わるのではなく、街の変容が進むことで、ロンドンはユニクロに成功の機会を与えているように見える。

さて、寒くて長い夜は家のテレビでサッカーを観るに限る。しかし、それを満喫するにはフラット(アパート)のアンテナ修理とSky TV接続という、厄介なハードルを越えなければならない。「すぐ修理させます」の「すぐ」が、2週間後であったりするのは、19年前と同じである。

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