ロシアを巡る政治と経済

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2008年09月05日

  • 児玉 卓
南オセチアを発端とするロシアとグルジアの対立は、ロシア対欧米へと構図をシフトさせつつあり、新冷戦の幕開けといった指摘も聞かれる。政治と経済は不可分の関係にあり、国際政治の混乱が長引けば、ロシア、及び欧州の経済も何らかの影響は免れなくなる。手始めとして、株が売られ、ルーブルが大幅に下落している。紛争勃発後、数十億ドルレベルの外国資本が逃げ出したとも言われている。

無論、政治と経済が不可分だからこそ、政治的対立にも一定の歯止めがかかるという見方もありえよう。ロシアが欧州の市場としての存在感を高めているのと同じく、欧州はロシアにとって最重要の市場である。しかし一方で、ロシアからはWTOへの加盟を放棄するような発言も聞こえてくる。これはグローバリゼーションの恩恵を事実上否定しているに近い。

ロシア-グルジア紛争の帰趨は、グローバリゼーションの進展に伴う各国間の経済的相互依存関係の強まりが、政治的緊張を緩和させることが出来るのか、或いは、出来ないとすれば、経済的利益を超えたプライオリティが与えられる各国の国益とは何かを示唆する、極めて重要なテストケースとなろう。

さて、ロシアのプーチン-メドベージェフ政権にとって、一義的に重要なのは国内の安定であろう。プーチンは、エリツィン政権下で粉みじんにされた、人々の大国願望を満たすことで政治的基盤を磐石にした。ロシアの選挙は出来レースとの評価も少なくないが、だからといって、プーチンが世論を軽視しているとは考えがたい。それが「強権的」であるにせよ、プーチン政治のもとでの資源等の国家管理強化などが財政基盤の強化と外貨の蓄積につながり、そして、それが人々の大国復活願望に合致したものであれば、プーチンの政治基盤はますます確固たるものになる。プーチンが、こうした因果関係を重視していることは想像に難くない。

一方、これまでの国際関係の推移を確認すれば、バルト三国、旧東欧諸国が相次いでEUに加盟し、最近はNATO加盟の動きが顕在化している。周辺諸国に親欧米政権が続々と誕生する中で、ロシアは防戦一方であった。であれば、今回の紛争も、現状に対する満足度が上がるにつれ、不断にレベルアップする国民願望に応えることに目的の一つがあったと考えられなくもない。

しかし、人々の大国願望に応え続けるには、経済規模の拡大が不可欠であり、ここで政経不可分の問題に再度ぶち当たる。ロシアの現実に鑑みれば、資源大国であり続けることが、経済大国化、政治大国化するための条件である。ロシアにガスがあるからこそ、欧州にとってロシアは「政治的にも」重要な国なのだ。

有り余る外貨準備を保有する現在、ある程度の資本流出は、ロシアにとってさほどの痛手ではないのであろう。しかし、サハリン沖や北極海に眠るガスや石油を自国の技術のみで掘り続けることは困難という見方が一般的である。とすれば、長期的にはグルジアを通るパイプラインを抑えることの利益を、外国企業の離散と新規開発の停滞による不利益が上回るとも考えられる。或いは、プーチン-メドベージェフは、豊富なガス・石油の埋蔵量故に、どのような紛争や国際政治の混乱によっても、ロシアから外国企業が離散することはないと見越しているのだろうか。

最終的には、経済合理性が政治的軋轢の激化の防波堤になると考えたいが、残念ながら今のところ、確信に足る材料がない。

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