懸念されるのはコモディティ価格上昇による交易条件の悪化ではなく、悪化程度の緩和

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2008年05月28日

  • 児玉 卓

最近、原材料価格の上昇、その販売価格への転嫁の程度や企業収益に対するインパクトが、話題になることが増えている。もちろん、背景にあるのは原油や穀物など、コモディティ価格の世界的な上昇である。原材料の大半を輸入で賄う日本としては、その価格は安いに越したことはない。それは自明の理なのだが、価格上昇の国内経済に対するインパクトは、実のところさほど単純なものではない。

コモディティ価格上昇の、一義的なマクロ効果は日本からその産出国へ流出する所得が膨張することにある。第二に、それを誰が負担するかという問題が発生する。もちろん、企業は販売価格に転嫁したい。適度な価格転嫁は、企業の活力を維持するためにも望ましいと考えられがちであるが、それは輸入インフレをドメスティックインフレの契機とするリスクを孕むものである。負担を企業の内部で吸収可能かどうかは、日銀の政策判断においても重大なポイントになるだろう。いわば、企業のミクロ的判断の合成が、金融引き締めというマクロ政策につながり、景気と企業収益抑制の圧力を増す可能性があるということだ。

さて、製造業の投入物価と産出物価との比率を交易条件と呼ぶ。原材料価格を投入物価、製品価格を産出物価と考えれば分かりやすい。前者、特に原油など、国際市場で決定されるコモディティの価格は、日本の個々の企業にとってはほぼ所与であるため、その上昇が収益減少の要因であることは間違いない。しかし、現実の企業収益は、交易条件の悪化局面ではむしろ拡大するのが普通である。これは一つに、交易条件の中でも、産出物価の決定には多少なりとも企業の裁量が入り込む余地があることに起因する。そして、企業の価格設定行動は、景気の善し悪し(売上数量の増減)に大きく左右されるのである。

投入物価は概ね企業の変動費に相当する。コモディティ国際価格の上昇は、産出単位あたりの変動費を増加させるが、産出数量が増加しているときには、産出単位あたりの固定費が減少する。変動費/数量の上昇は多かれ少なかれ固定費/数量の低下によって相殺され、場合によっては総費用/数量が減少することさえありえる。

そして、仮に総費用/数量が不変だとすれば、売上単価が不変(原材料価格上昇の転嫁率ゼロ)であっても、マージン率(売上高営業利益率)は低下しない。そして、量が増えるだけ利益総額は増加する。

経験的に、交易条件は稼働率ときれいな逆相関を描く。稼働率は景気そのものである。そして、その上昇期に交易条件が悪化するのは、数量効果(固定費/数量の低下)が、変動費の上昇に対する企業の許容度を増すことに一因がある。つまり、一般に、コモディティ価格の上昇などによる交易条件の悪化が、企業収益の減少や景気の停滞につながるというロジックは成り立たない。景気の拡大が(それが世界同時的に起きれば、往々コモディティなど川上分野の価格を引き上げるが)、必然的に交易条件の悪化をもたらすのである。

2004年頃からのコモディティ価格の持続的上昇によって、企業の交易条件は持続的に悪化している。しかし、その循環変動は、依然として景気の拡大→交易条件の悪化、逆は逆、である。従って、現在懸念されるのも、交易条件の悪化の程度が増すことではなく、むしろ、その程度が緩むことである。それは、数量効果の減退により、企業の変動費上昇の吸収余力が低下することを意味するからである。そして、それは既述のように、ドメスティックインフレへの移行の引き金となり、日銀に金利引き上げの格好の口実を与える。結果として、数量効果の一層の減退から、企業による価格転嫁(交易条件の改善!)は進み、スタグフレーションのリスクが高まることになる。

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