人生の指南書と経営

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2007年10月15日

  • 野中 秀明
ここ数年、人生の指南書の類が増えた気がする。「こうすればあなたの人生はもっとよくなる」と、生き方のノウハウを紹介する書物だ。書店に行くと、その数の多さに圧倒される。試みに何冊か目を通してみたが、「手帳管理であなたの夢は実現する」、「早起きが人生の成功の鍵だ」、「周囲の人の気持ちを思いやることが、あなたの抱える問題の解決に繋がる」、「無闇に頑張るのではなく、もっと気楽にやればよい」と、その主義主張は百花繚乱の状態で、いったいどれを信じて実践すれば自分の人生がよい方向に向かうのか、迷ってしまう。世の中に雑多な享楽が溢れていく一方で、様々な事柄が手を変え品を変え、私達を不安にさせる。私達は不安の時代を生きており、指南書の類が増える背景もそこにあるのであろう。

同様に、企業も漠たる不安の中にある。バブルと不況を経験し、その過程で様々な価値観が到来した。キャッシュフロー経営、グループ経営、企業の社会的責任、コーポレートガバナンス…。そのような中、企業を訪問すると、何を軸にして自分達の立ち位置を決めればよいのか(いま、自分達は何をすればよいのか)、途方に暮れている印象を持つ。

そうした企業の処方箋として、数々の経営手法も紹介されてきた。人生の指南書ならぬ経営の指南書も書店に数多く並ぶ。バランススコアカード(※1)、ブランド経営、コアコンピタンス経営、見える化経営、リエンジニアリング、SWOT分析など、枚挙に暇がないほど存在するわけだが、いったいどのクスリを飲めば進むべき道がはっきりし、経営課題が解決していくのか、これまた途方に暮れてしまう。

以前、ある企業のために、バランススコアカードを作って差し上げたことがあった(美しく、カラフルに)。それをもとに、「御社の進むべき道はこちらではないでしょうか!」と「指南」を試みたが、活用されることはなく、ファイルの中に葬られてしまうという苦い経験となった。

思うに、今をときめく優良企業は、その黎明期に、こうした経営手法を駆使しながら現在の地位にのしあがったのであろうか?答えは否であろう。寝食を忘れ、ときに夜を徹した議論を繰り返し、汗を流しながら現在のビジネスモデルと営業手法を確立させていった。けっして経営の指南書を読みながらではなく、シンプルな努力の連続が、彼らをして現在のポジションに至らしめた。

私のバランススコアカードの失敗もそこにある。社員の熱意や、それに裏打ちされた議論などがあって、はじめてバランススコアカードに魂が吹き込まれる。逆に言えば、上記の様々な経営手法や、それを解説した指南書は、そういった熱意や議論を呼び起こすための触媒にすぎないのではないだろうか。

極論すれば、経営手法など、どれを選んでもよい。それは単なる呼び水にすぎない。指南書を読み、経営手法を実践する過程で社員の中に生まれるサムシングが重要であり、そこにこそ真実が潜んでいる。

冒頭述べた人生の指南書も同様であろう。どれを選んでもよい。読了後、「明るく、前向きに、優しさを忘れずに生きていれば、いつかはいいことがあるよ」という極めてシンプルなことに気付き、それを人生の中で徐々にでも実践していくきっかけとなれば、全てが良書となるのであろう。

(※1)バランススコアカード…企業経営全体を、「財務の視点」、「顧客の視点」、「業務プロセスの視点」、「学習と成長の視点」の4階層に分けて俯瞰し、企業戦略を社員に浸透させるためのツール。

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