賃金・物価の動向にみる日本経済の将来

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2007年10月02日

  • リサーチ本部 執行役員 リサーチ担当 鈴木 準
大和総研の日本経済中期予測では、今後10年間の消費者物価指数(CPI)上昇率を、消費税率引き上げ分を除けば年率1%以下と予想している(※1)。現在、企業レベルでの物価上昇は、CPIに必ずしも波及していない。これは、消費財などに関しては価格転嫁が進んでおらず、企業部門の中でコスト増が吸収できていることを意味している。企業部門は家計部門にコストを求めずに長期の増益基調を実現し、活性化している。

考えてみれば、日本の物価はこれまで割高で、生計費などで測った内外価格差が産業の低生産性ゆえに大きい、と長らく指摘されてきた。だが、1990年代後半以降、生産活動のグローバル化やさまざまな規制緩和が、企業間の競争をうながすようになった。その結果、個別には淘汰される企業があったとしても、企業部門全体としての生産性は向上しているだろう。

02年からの経済成長が単なる景気循環ではなく、どの程度の生産性向上を伴っているかは、もう少し後にならなければ検証できない。ただ、もし生産性の向上が需要者の直面する価格の割高さを是正しているのなら、生産者段階の物価上昇が、消費者段階に波及しないという構図は成立し得る。

消費者に負担を求める産業構造からの変革

長期的な物価動向は、賃金の動きに大きく左右される。各産業の生産性と賃金の関係を見ると、80年代は生産性変化と賃金変化の関係が明確とはいえなかった。規制や業界慣行で競争が抑制され、雇用が守られた中では、生産性が向上していなくても消費者へコストを転嫁すれば賃上げが可能だった。90年代前半まで日本の失業率は非常に低かったから、なおさらだろう。生産性向上分以上の賃上げは、消費者に過重な負担を求める割高な販売価格を形成し、コスト高の経済構造をもたらしていたと考えられる。

しかし、2000年代になって、賃金と生産性の関係は強まっているとみられる。競争が活発になれば、生産性の上昇や技術の革新なしに賃金や販売価格を引き上げるのは難しい。日本的雇用慣行の修正や規制緩和によって、日本企業が低い生産性と割高な価格を是正するプロセスにあると考えれば、その経路からは賃金や物価が上昇しにくいことになる。

賃金や物価のメカニズムがより働くようになると何が起きるだろう。労働力を含めた資源の配分が効率的になって、生産性がいっそう向上する。消費者負担で維持されていた産業構造は変革を迫られ、経営者らの企業家精神をわきたたせる。コスト高な経済からの脱却は、海外からの投資を招き入れる。価格の公正化で余剰を得た個人は、追加の消費が可能となって生活水準を高められる。こう考えると、日本経済の成長余地は大きいのではないか。

(※1)2007年7月12日発表「日本経済中期予測2007(改訂版)-低インフレ下で続く成長トレンド」を参照。同予測では、今後10年間で2度の消費税率引き上げを想定している。

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鈴木 準
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