電子マネーの普及と日銀券

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2006年06月27日

  • 土屋 貴裕
世の中に出回る現金(日銀券)は、2006年5月の平均残高で74.6兆円、前年比0.6%増と景気回復下で伸び悩んでいる。日銀券の発行は日銀の収益基盤であり、基本的な経済指標の一つである。

現金利用が増える基本的な理由は、経済規模の拡大に伴って様々な取引が増え、決済が増えることにある。逆に、現金を使わなくなる背景は高金利であり、現金には金利が付かないため、非常の時を除けば、他の金融商品で運用した場合に得られる利益(機会費用)が上昇すると現金は選択されにくくなる。足許の日銀券残高の減少は、量的緩和政策の解除観測および実際の解除に伴う機会費用の上昇懸念から、銀行が保有を減らしたことによる(2004年11月の新札発行の反動もある)。金利が上昇していくと、家計も保有を減らす可能性が出てくるだろう。

また、長期的には決済手段の進化が現金を代替することも現金の利用が減る要因である。預金や手形、為替取引に始まり、クレジットカードなどである。

新たな決算手段として利用が伸びている電子マネーはどうだろうか。まず、利用が伸びている背景を考えてみよう。金利がゼロだと、現金保有の機会費用もゼロに近いが、ある一定量以上の現金を保有すると、コンピューター2000年問題などでもない限り、追加保有のメリットは増えず(限界効用はゼロ)、現金を追加的に保有するインセンティブはない。また、ゼロ金利では預金の魅力は低下する。これに対して、電子マネーは決済がその場で完了するという現金同様の機能に加え、持ち運びの手間を軽減し、マイレージの付与など追加的な付加価値を提供することで、魅力の向上を図ってきた。ゼロ金利下で、現金や預金と比して相対的な魅力の向上が普及を促したと考えられる。

では、電子マネーの増加は日銀券の流通量に影響しているのだろうか。電子マネーに貯蔵されている貨幣価値の総額は公表されていないが、発行枚数は3000万枚程度とみられ、仮に1枚あたり1000円の平均残高だとすると300億円、1万円だとしても3000億円に留まる。約75兆円の日銀券残高と比べ、日銀券の伸びに直ちに影響を与える程ではなさそうだ。それでも利用件数は急増しており、貯蔵される価値の総額がさらに増えていく可能性は高い。もっとも、金利が上昇すれば、現金を保有するインセンティブが低下するのと同様に、金利が付かない電子マネーの機会費用も高まることになる。金利の上昇幅が大きくなると、電子マネーの利便性や追加的な付加価値が預金等の利子と比較されることになる。金利上昇の程度にもよるが、主に1枚あたりの残高増ではなく利用者数の拡がりによって、電子マネーの総額が増えると予想されよう。

一方、枚数ベースでみると、日銀券の枚数は5月末で前年比1.2%減とマイナスの伸びが続いているが、千円札と二千円札の枚数減少の寄与が大きい。電子マネーが少額決済用であることを踏まえると、影響がじわりと出ている可能性は否定できない。

後、電子マネーへ乗り換えが進むと、日銀券は少額紙幣を中心に枚数ベースでの減少が予想される。だが、普及が進む電子マネーは少額決済用に留まり、やはり現金総額の動きは経済動向と機会費用に影響されることになりそうだ。現金を代替する高額決済用の手段が新たに普及した時、「現金」の扱いも変わり、経済指標としての見方も変わってくることになるのかもしれない。

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