米国を起点とした新興国株式市場の混乱

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2006年05月30日

  • 児玉 卓
新興国の株式、債券、為替がトリプル安となり、メディアは「カネ」が新興国から逃げ出したと伝えている。しかし、新興国で重大な事件が起こったわけではない。根っこは米国にある。

米国は米国債という金融市場にとっての、いわば「基礎財」を世界の投資家に提供する一方で、集めた資金を世界の資金需要者に供給している。世界全体の資金仲介機能、リスク転換機能を果たしており、そうした巨大な市場で決まるリスク選好度が、新興国市場のパフォーマンスを決定的に左右するのである。

米国金融市場が供給可能なリスクマネーが増大すれば、或いは供給する(ないしは転換する)資金のリスク許容度が高まれば、新興国市場は好影響を受けるということだが、そうしたリスクマネーの量やリスク許容度を決めるのは、何よりもマクロ経済の好不調である。例えば、リスク指標のひとつである社債のクレジットスプレッドは好況下で縮小する。金融引き締めが長短金利の縮小をもたらすことは周知の通りだが、これも金融引き締めを景気好調さゆえ、長短金利差の縮小をタームリスクプレミアムの縮小とみれば、景気拡大がリスク許容度を高める証左の一つと捉えることが可能になる。

新興国市場のパフォーマンスも同様の流れの中で決まる。社債のクレジットリスクは、新興国債券のソブリンリスクとパラレルに動き、新興国においては債券と株価に強い連動性がある。

従って実際のところ、新興国市場で起こっていることは、米国を始めとした先進国市場の動きについても重要な示唆を与えてくれる。それは米国を起点とした株価下落が、インフレ懸念ではなく景気後退懸念を背景にしているのではないかということである。だからこそ、米市場変調は大々的な新興国の追随、世界的な拡散を見せたのではないか。景気後退によって「米国資金」のリスク許容度が減じれば、米国株式市場以上に、新興国市場が打撃を受ける可能性が高いのである。米国のインフレや金利水準はそうした直接的因果関係を持たない。

もちろん、今起こっていることは、アジア通貨危機やロシア危機、アルゼンチン危機とは全く異なり、新興国が大きな火種を抱えているわけではない。しかし震源地が米国にあるからこそ、「すべての」新興国が多かれ少なかれ影響を受けざるを得ない。同時に、仮に米国の景気後退懸念が杞憂に終われば、何事もなかったかのように新興市場の活気がよみがえるということもありえないわけではない。いずれにしても、今後2-3ヵ月はボラティリティの高い状況が続くであろう。

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