前門の円高、後門の金利上昇

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2006年03月29日

  • 高橋 正明
日 本経済の特徴の一つが、外国に比べた低金利である。80年代後半以降の日米の10年国債利回りを比較すると、日本が平均約3%ポイントも低い。これは外 国人には奇異に思えるらしく、米FRBのグリーンスパン議長(当時)は2年前の講演(The Federal Reserve Board)で、「利回り1%の10年国債を進んで 買う投資家は日本人以外にいない」と、日本人の自国資産選好(ホームバイアス)が異常に強いことを指摘している。これは日本人が非合理的なためではなく、 長年円高トレンドが続いたことと、為替レートの変動が大きかったことの反映と思われる。為替差損のリスクを考慮すれば、低利でも円資産を保有したほうが得 策ということを日本人が「学習」した結果が、異常に強い円バイアスであり、それが低金利を可能にしていると思われる。

90年代後半以降のドル円為替レートは、1ドル=100~135円のレンジでの推移を続け、現在はほぼその真ん中にある。そのため、円は「高すぎず安すぎ ず」の状態にあると思っている人が大半だろう。しかし、日米の物価水準の変化を調整した「実質為替レート」で見ると、これが大間違いであることがわかる。 デフレが本格化した1997年を基準にすると、ドルの実質価値は円に比べて2割も減価しているから、現在の1ドル=117円は、実質では「日本売り」と大 騒ぎになった1998年の1ドル=147円と同水準なのである(※1)。下のグラフからは、 現在80の実質為替レート(1997年8月=100)が、98年、2002年に続き、プラザ合意後の最低水準にあることがわかる。


プラザ合意前の実質為替レートが60~70であったことを考慮すると、実質為替レートの減価余地は小さいと思われる。ということは、(1)日本のインフレ 率がアメリカと同じになる(→名目金利が上昇)、(2)日本のインフレ率がアメリカより低い分、名目為替レートが円高になる、のどちらかが起こることにな る。現状では、(2)の可能性が高そうである。

財務省は2004年まで1ドル=100円割れを阻止する大規模な円売り介入を実施し、これが日銀の量的緩和策とあいまって、デフレ脱却のきっかけとなっ た。「円高→デフレ再発」を回避するために、財務省がこの路線を続けるのであれば、ドル円レートのレンジは1ドル100~120円程度に狭まることになる(※2)。今のところ、レンジは100~135円程度と意識されているようだが、実際の可動範囲はその 半分にまで縮小しているのである。

為替レートの可動範囲が狭まれば、為替リスクは小さくなるから、内外金利差は縮小しなければならなくなる。これは、大きな為替リスクと裏表の関係にある日 本の低金利が終わり、海外の水準に収斂することを意味している。財務省の「円高阻止」の姿勢が信認されればされるほど、為替リスクは縮小し、金利には上昇 圧力が働く。(1)と(2)のどちらにしても、金利上昇は避けられないことになる。

低い実質為替レートと輸出拡大によってデフレ脱却に向かう日本経済だが、アメリカの経常収支赤字はGDP比7%とかつてない規模に拡大しており、急なドル 安・円高のリスクが無視できない。かといって、円高を押さえ込めば、金利のグローバル水準への収斂=上昇のリスクが高まるというジレンマである。日本経済 は、前門の円高、後門の金利上昇に包囲されつつある。

(※1)なぜ98年には大騒ぎになったのに今は騒がれないのかというと、大半の人 は「実質」よりも「名目」に影響されるためである。これを「貨幣錯覚」という。
(※2)2004年までの大量介入をサポートした日銀の量的緩和が終わったことには注意がいる。


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