韓国の年金制度と経済・証券市場の発展

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2006年02月07日

  • 深澤 寛晴

お隣の韓国では出生率の低下が著しい。1980年には2.83人だったが2004年には1.16人となっている。同時期の日本は1.75人から1.29人だから、韓国の出生率低下が如何にハイ・ペースだったか分かるだろう。このような出生率の低下が高齢化につながることは言うまでも無いだろう。国連の資料によると、韓国の高齢人口割合(65歳以上人口の割合)は2005年時点で9.4%と推計されており、日本の19.7%に比べるとはるかに低いレベルにとどまっているが、2050年には34.5%と日本(35.9%)と同レベルとなることが予測されている。

そんな韓国で、昨年12月から新たに退職年金制度がスタートした。従前より企業に義務付けられている退職金制度との最大の違いは、資産の積立方式にある。韓国の退職金制度は日本の退職金制度と同様に、資産の社外積立が義務付けられていないため、企業の破綻時に従業員が職と退職金を同時に失うケースが少なくない。退職年金制度では、このような事態を避けるため、資産を社外に積立てることが義務付けられている。

韓国政府が退職金・年金制度の改革を急ぐ背景には、民間企業の被用者(サラリーマン)にとっての唯一の公的年金である国民年金の危機的状況があるようだ。国民年金は盧泰愚政権の下、1988年にスタートした歴史の浅い制度だが、高齢化の進展があまりにも急速なため、2036年に給付(支出)が収入を上回り、2047年には積立資産が底をつく見通し(※1)になっている。保険料率の段階的引上げや給付引下げを含む様々な改革案が出ているが、国民年金に対する信頼性が揺らぐ中、退職後の生活保証機能の一部として企業に退職金・年金制度の充実化を促すというのは自然な流れだろう。

退職年金制度では、確定給付型と確定拠出型を労使合意により選択することになっている。確定給付型(DB)とは企業が退職金・年金の額を保証する制度であり、確定拠出型(DC、日本では401kと呼ばれることも多い)とは企業は定期的に掛金を拠出するが、退職金・年金の額を保証しない制度だ。DCでは掛金拠出から退職金・年金受け取りまでの間の運用リスクを従業員が負ことになるため、労働組合の発言力が強い韓国ではDBの人気が高いようだ。しかし、DBにおいて企業の破綻時に積立資産が不足していれば、退職金・年金の支払いが滞る可能性があるという意味では従前型の退職金制度と変わらない。事実、米国ではDBに関わる巨額の年金債務を抱えた企業の破綻が相次ぎ、大きな問題になっている。韓国政府も、短期的には退職金からDBへの移行が進むものの、中長期的にはDCに向かって行くと見ているようだ。

しばしば、退職後の生活保障機能は「3本足の椅子」に例えられる。3本足とは国による公的年金、企業による退職年金・退職金及び個人による貯蓄を指すが、この3つがバランスすることによってはじめて「椅子」は安定する。DC制度は企業が運営することが多いものの、投資判断は個人が行うことから個人貯蓄に分類できよう。したがって、上記のような韓国の動きは、「椅子」における重心が国から企業、企業から個人へとシフトしていくことを意味している。これは、日米欧を含む先進各国における大きなトレンドと一致している。

ここで、韓国が年金問題に直面した背景を考えてみよう。人口動態に着目した経済学では、発展途上国における急速な経済発展に関し、子供の数の減少に着目することがある。すなわち、子供の数が減少することによって家計に貯蓄余力が発生し、これが企業の投資資金にまわることによって経済が急速に拡大する、というものだ。年金問題の背景には経済の工業化による被用者(サラリーマン)の増加や核家族化も挙げられるが、いずれも経済の発展と密接な関係がある。着実な経済成長を経た韓国が年金問題への取り組みを迫られているのも、必然の流れと言えるだろう。経済成長の果実は金融資産という形で蓄積されていくが、これを年金問題の解決につなげるためには、経済成長に見合った証券市場の発展が欠かせない。国民年金の運用資産額は2004年末には155兆ウォン(1ウォン=約0.12円)だが、2010年には329兆ウォンに達すると見込まれている。一方で韓国の株式時価総額は720兆ウォン(2005年末)に過ぎない。経済成長、年金問題、証券市場の発展という3本足の椅子が安定することが重要と言えるだろう。

(※1)韓国政府(2004), Dynamic Korea: A Nation on the Move

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