退職給付に関する企業財務上の課題

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2005年11月02日

  • 松森 宏文

一般に、退職給付債務は超長期の有利子負債に類似するものと位置付けられる。定期的に従業員に対して支払われる給与、賞与などと異なり、退職給付は労務の対価の支払いを退職後まで繰り延べられ、その部分については利息が付与されるからだ。この有利子負債としての性質をいかにコントロールするかが、企業財務上の重要な課題となる。

企業財務の健全性、つまり信用リスクを測るストック面の指標の一つに負債比率(※1)がある。同様に、退職給付にかかわる財務リスクを測る指標として、退職給付債務の株主資本に対する比率を使用する。下図は、退職給付債務、年金資産、株主資本および退職給付債務/株主資本の推移である。

退職給付債務/株主資本は、2002年度末(52.5%)に比べて04年度末(35.9%)は大きく低下している。02年度に信用リスクの上昇をもたらした退職給付に関する財務リスクは、ひとまず落ち着いたといえよう。同比率が低下した要因は、退職給付債務の減少および株主資本の増加である。前者の原因は、主に厚生年金基金の代行返上であり、後者の原因は、主に業績回復による利益の増加および株式相場の回復による保有株式の評価益の増加である。

しかし、退職給付に関する財務リスクは再び上昇する可能性があることに注意を要する。厚生年金基金の代行返上はすでに一巡しており、給付水準の引き下げ等を行わない限り、退職給付債務は大幅に減少することはなく、むしろ再び増加基調に転じる可能性が高い。一方、景気が後退すれば、業績悪化による利益の減少、保有株式の価格下落によって、株主資本を棄損するおそれがある。また、年金資産が保有する株式の価格下落は、退職給付費用の増加要因となり、利益の減少につながる。つまり、企業資産および年金資産において株式を大量に保有する企業は、株価変動によって財務リスクが大きく変動する可能性があるのだ。このような企業は、保有株式の比率を引き下げるか、株価変動リスクを抑制するような施策を検討する必要がある。

また、キャッシュフローの観点から、退職給付債務と年金資産の差額、すなわち積立不足の金額に注目する必要がある。なぜなら、企業は積立不足に対して現金等を拠出する必要があるからだ。積立比率(※2)が上昇しているとはいえ、依然として20兆円以上の積立不足が存在する。特に、団塊の世代が定年を迎える07年度以降、退職一時金の支給が巨額になる可能性があり、企業のキャッシュ負担が重くなるおそれがある。キャッシュに余裕のない企業は、退職一時金の支給に伴うキャッシュのコントロールも企業財務上の重要な課題となろう。

(※1)「負債÷株主資本」によって算出され、一般に、企業財務の健全性を測る指標とされる。
(※2)年金資産÷退職給付債務

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