家計のリスクテークはなぜ重要なのか

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2004年08月12日

  • 児玉 卓
日本の家計は折に触れ、リスク回避的だと評価されてきた。実際、2004年3月末の株式・出資金(以下、株式等)が家計金融資産総額に占める割合は8.2%にすぎず、米国の33.1%はもとより、他の主要先進国にも遠く及ばない(1)。しかし、この格差をもって日本の家計がリスク回避的であると見なすのであれば、それはいささか誇張を含むことになる。現行の資金循環統計(2)において、株式等のシェアが最大だったのは89年度末の20.3%、当時の残高は203.2兆円であった。04年3月末の残高は116.4兆円なので、ほぼ半減である。しかし、90年度以降の家計による株式等の売買を累計すると、+2.9兆円であり、家計の株式に対するスタンスはほぼニュートラルだったとまとめられよう。この間の残高の減少をもたらしたのは、株価下落である。家計が保有する株式等の少なさは、過去10数年の日本経済の不調を凝縮的に物語っているといえなくもない。しかしこれは結果にすぎず、シェアの縮小は家計のリスク回避度の指標とはならない。

一方、家計金融資産の現預金への集中はどう評価されるであろうか。これもやはり、部分的には、経済停滞下において、元本保証資産のシェアが「結果的に」増加するという上記と同様の文脈からとらえることが可能である。しかし中でも預金の増加は、金融リスクのショックアブソーバーとしての銀行部門の役割が、バブル崩壊後も一貫して強まり続けていることを意味する。

バブル崩壊は、金融リスクの劇的な顕現だったわけだが、その後、銀行部門は不良債権処理を進める過程で自己資本を使い切り、実質的にはショックアブソーバーとしての機能を失った。また、一方では株式の売却を進めている。しかし負債(預金)の増加が止まらない以上、何らかの資産とそこに内包されるリスクを、銀行は引き受けざるを得ない。信用リスクと株価変動リスクに替わって、金利リスクを増大させている(3)のが現在の銀行部門であるとすれば、それは単に現在の日本での資金調達主体が政府に偏っていることの結果にすぎず、金融システムはほとんど変革を遂げていないことになろう。必要なのは、銀行部門に集中した金融リスクの分散である。貸出債権の証券化など、いわゆる市場型間接金融の進展はその第一歩であり、家計が資金の最終需要者に直接アクセスすることの本質的な重要性もここにある。とはいえ、企業の資本・負債構造、ないしは株主構成の変化が、必然的にガバナンスの変化をもたらす可能性があることなどを考えれば、拙速な効果を期待するのはむしろ危険である。必要なのはかつてのIT・ベンチャーブーム的熱狂ではなく、資金調達者によるIRであり、広義の金融機関による商品開発、投資教育といった地道な努力であろう。証券仲介業務の銀行等への解禁の効力も、こうした努力との相乗効果によって高まるものと予想される。

(1)株式のみでは5.5%。03年12月に日銀が発表した資金循環統計の国際比較によれば、主要先進7ヵ国(日本、米国、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)の中で家計金融資産に占める株式・出資金のシェアが10%に満たないのは日本のみである(01年末時点)。詳細は「資金循環統計の国際比較」2003年12月15日、日本銀行調査統計局。
(2)日銀が発表している資金循環統計は国民経済計算体系の改訂等に合わせ、全面的に改訂されており、旧統計との厳密な連続性は途切れている。ストック統計では89年度が最も古い数値。
(3)銀行の資産構成を見ると、貸し出し、株式保有を減少させる一方、国債保有を増加させている。

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