「さよなら」

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2004年06月28日

  • 栗田 学
「さよなら」
笑顔で手を振りながらこのように別れたなら、「元気でまたお会いしましょう」という言外のニュアンスをお互いが感じ取ることができる。しかしながら、仲良く接してきた相手からメールや掲示板でこの4文字が自分宛てに届けば、相手との関係にただならぬものを感じる。これが「あばよ」などという言葉であれば音声だろうが文字だろうがさほどニュアンスは変わらない。用いられる状況が極めて限られるからである。しかし、「さよなら」に代表されるように、文字にしただけでは伝えたいニュアンスが必ずしも正しく伝わらない言葉が日常会話にはあふれている。

電子メールによるコミュニケーションを考えた場合、ニュアンスを補う手段の一つに顔文字がある。「さよなら」のあとに、「(T_T)」が付く場合と「(^_^)/~」が付く場合とでは、両者の状況や気持ちは明らかに異なる。しかしながら、例えばビジネスの世界で顔文字を文章に割り込ませることは、極めて打ち解けた関係、いやまず有り得ない。言葉のニュアンスを正確に伝える最大の武器は、やはり言葉である。

相手との関係・状況を正確に把握しつつ適切な言葉を選択することは、常識的ではあるものの高度な作業である。「~をご覧頂きましたでしょうか?」というメールに対して、「まだだよ」「まだ見てない」「まだ見てません」「まだ見ておりません」「まだ拝見してません」「まだ拝見しておりません」「まだ拝見致しておりません」等々の選択肢からどれを選ぶべきか。そこでは日本語としての正しさはもちろん、上下関係、過去の経緯や今後の付き合いまでが考慮される。

インターネットの普及が、コミュニケーション機会の飛躍的な増加をもたらす一方、文字としての言葉に端を発し、感情を抑えきれず争いや痛ましい事件にまで発展する。急激な環境変化に人間と社会が対応しきれていない。常識、経験、地位、境遇、考え方など、すべてを異にする人間どうしがコミュニケーションをとることの難しさを再認識しなければならない。しかしこれがさらに難しい。

ネット社会におけるコミュニケーション教育の重要性が取り上げられることが多くなってきた。しかし、文字にしろ音声にしろ、言葉は相手との過去・現在・未来を慮った結果として使われるものである。コミュニケーション以前に、適切な人間関係を築こうとする意識を持つという前提があることを忘れるべきではない。この前提は「人間力」の基本的な部分を形成するものである。国土交通省の平成16年度予算配分の重点事項には「人間力の向上・発揮」が挙がっている。ネット社会においてこそ、もっと注目されてよい概念である。

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