ITシステム開発における中国企業との意思疎通

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2004年01月28日

  • 小川 創生
ITシステム開発における中国企業への委託事例が近年少なからず報告されているが、その際に必ず話題になるのが、担当者間でどのように意思疎通しているのかということである。

まずは、日本語の出来る中国人が窓口となって、日本語で会話や文書の受け渡しがなされる事例がよく聞かれる。筆者の周辺でもそうである。委託する(お金を払う)側が日本企業なのだから、ある意味当然ではある。英語という選択肢も可能性としては考えられるが、日中両国とも英語能力の水準は総じて低く、そもそも英語が出来る人材は欧米に目が向いてしまうのが両国の実情と言われている。やはり、特に仕様書などの文書は、成果物を検収、保持するのが専ら日本側である以上、日本語で記述する事例が今後とも多数を占めると思われる。

ただし、「どうせ受託する(お金を貰う)側の中国企業がちゃんと日本語を勉強した上で文書作成してくれるし、それが当然だから、言語については特に気にしないでも大丈夫だろう。実際、ちゃんとやってくれているようだし。」というような過信は禁物である。少なくとも、
(1)日本語の出来ない中国人開発者と日本語の出来る中国人との意思疎通
(2)日本語の出来る中国人と日本企業との意思疎通
の2点について、たえず十分に留意しておかなくてはならないはずである。


上記(1)の中国人同士の意思疎通について、そもそも日本語の出来る開発者がたくさんいて、特に来日する開発者は当然のように日本語が出来るのではないか、と疑う人もおられるかもしれない。筆者の知る限り、それは現在のところ誤解である。食堂でたまたま中国人開発者が私に話しかけてきたことがあるのだが、その話しかけてきた言葉というのが、 "Can I eat here tonight?" という、さして流ちょうでもない英語であった。来日する開発者でさえ、必ずしも日本語が出来るわけではないのだから、中国の開発現場において相当な割合でいるはずの日本語の出来ない人と、おそらく少数の出来る人との意思疎通が、非常に重要となってくるはずである。

また、(2)の日本側との意思疎通について、ある中国企業の提案書(日本語)の中に「有用性」という言葉があったのだが、前後の文脈とどうにも意味が合わないということがあった。調べてみると、元々は英語で "serviceability" と表記される言葉であることが分かった。確かに、日本の主要な英和辞典にも「有用性」とだけ訳語が割り当てられている。しかし、本来この単語には「保守性」という別の意味があり、IT業界において "serviceability" は「保守性」を指す単語として扱われ、そのように訳される。他にもたとえば「創建」「応用」「架構」というような、日本語にも一応存在するがIT業界では使われない上に意味も多少異なる言葉が翻訳されずに転記されていたりする (通常の日本語訳は順に「生成」「アプリケーション」「アーキテクチャ」)。もちろん、助詞の使い方など文法の誤りも散見される。

このような問題を解決すべく、中国語が出来る日本人が中国のソフトウェア開発現場へ日本企業から適宜出向いて意思疎通の足りない部分を補ったという先行事例も聞かれる。相互理解の観点からして、それが理想的であることは言うまでもないが、しかしそのような事をこなせる人材を一朝一夕に確保できるわけではない。とにもかくにも、中国側が日本語で書いた文書が果たして要件を満たした正確なものかどうか、そして書いてある通りにITシステムが出来上がっているのかどうか、それらを主体的に確認できる体制をいち早く構築できるかどうかが、中国企業への委託においてきわめて重要となるはずである。

話のついでに、たまに聞かれる、たちの悪い過信の一つを紹介しておく。「中国語は漢字で書かれているから、何となく意味が分かるだろう。実際、何となく分かるし。」そのような過信を持つ人には、ぜひ以下の二つの文を見比べて欲しい(字体は日本語のものを使用)。「今年的生産量比去年増加到5倍。」「今年的生産量比去年増加了4倍。」どちらも日本語訳は「今年の生産量は去年に比べて5倍に増えた。」となる。なめてかかって、後になって痛い目に遭わないようにしなければならない。

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