監査コストと資本コストを巡る対立

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2003年12月26日

  • 竹口 圭輔
この2年間、ビジネスのルールは大きな変革期を迎えている。もちろん、引き金となったのは昨年7月に米国で成立したサーベンス・オクスリー法(いわゆる企業改革法)であるが、その総仕上げの一つである新ルールがまもなく固まろうとしている。企業改革法の特徴の一つとして取り上げられることの多い第404条であるが、同条に関するルール案がこのほど公表された1。

第404条では経営者による内部統制(internal control)の評価について定めており、経営者は外部監査人によって証明を受けた「内部統制報告書」を公表する義務を負う。従来も企業は自主的に内部統制の仕組みを整備・運用してきているが、第404条はこれを法制化しようと試みるものである。米国証券取引委員会(SEC)では今年6月に既に同報告書の作成に関する新ルールを公表しており、04年6月15日以後に終了する事業年度(一般的な米国企業の場合04年12月期)から施行されることが決まっている2。ところが、同報告書に対する外部監査人の「証明」、すなわち内部統制監査に関するルールについては未整備の状態にある。

このほど公開会社会計監視委員会(PCAOB)3より公表された新ルールの草案はこうした内部統制監査に関するものである。草案では外部監査人による監査手続きの詳細や、内部統制上の不備に関する判断規準のほか、財務諸表の作成に多大な影響を与える項目などについては第三者の作業に頼ることなく外部監査人自身が実施しなければならないなど、第三者の利用に関するルールも定められている。現在まで、PCAOBに対して関係諸団体から200通近くのコメントが寄せられており、その大半は草案の基本姿勢に賛同する姿勢を示している。半面、細部を巡っては意見が対立しており、最終ルールに向けて激しいつばぜり合いが続くと予想される。

たとえば、当事者の一人である企業側は、草案のままでは外部監査人たる公認会計士の作業量が増えるため監査コストの増大を招く恐れがあり、第三者の協力を仰いだ方が効率的であるとして見直しを進めるよう主張している。一方で、財務諸表の利用者側からは、監査コストを抑制するために外部監査人の行動を制約すると、かえって財務諸表の信頼性が損なわれてしまうといった懸念も表明されている。

これは、監査コストの上昇を甘受して財務諸表の信頼性を確保するのか、あるいは多少の信頼性を犠牲にしても監査手続きの効率性を重視するのか、という問題といえるが、信頼性の低下は資本コストの上昇にも結びつくことから、監査コストと資本コストのトレード・オフの問題と置き換えることもできる。PCAOBがどのような着地点を探し出すのか、今後の議論が待たれるところであるものの、内部統制の法制化という流れそのものは変わりそうにない。日本企業としても対岸の火事と決め込まず、自社のリスク・マネジメント体制を見直す一つの機会として捉えた方がよさそうである。




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1)また、CEOやCFOに対して自社の財務報告の正確性に責任を負わせる第302条も企業改革法の特徴として取り上げられることが多い。なお、第302条についてはSECが既に関連ルールを整備しており、昨年8月より運用が始まっている。
2)なお、SECに登録している外国企業などについては、05年4月15日以後に終了する事業年度から適用される。
3)企業改革法によって新たに設立された民間の自主規制機関。上場企業の財務諸表監査の監視、監査基準の設定、懲戒処分の実施などの役割が求められている。

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