ロシア万華鏡

第10回 ロシア人の主食はパンです

2007年7月24日

私は最近、パンの研究をしはじめた。渋谷にあるパン教室に通い、世界一と言われる日本製のホームベーカリーも手に入れた。週に2—3回パンを焼いている。「どうして急に」って? 大げさに聞こえるかもしれないけれど、ロシア人に生まれたからにはパンの文化を伝えるべきと使命感に近いものを感じるようになったからである。


「ロシア人の主食って何?パン?」と聞かれるたびに、「えぇ~なんでしょうねぇ。ジャガイモとお肉かな…。ロシア料理ってドイツ料理にけっこう似ているから」と、戸惑いつつ消極的に答えていた。真実を隠す気持ちも、ごまかす気も、意地悪をする気もなかったけれど、素直に「パンです」と答えられなかった。なぜなら私自身、つい最近まではロシアの食文化についての知識がひどく不足していたからである。

黒パンの500年以上の歴史

小麦・ライ麦パン

専門家はロシア料理の歴史を次の六つの段階に分けている。古典的なロシア料理(9世紀~14世紀)、モスクワ公国の料理(17世紀)、ピョートル大帝・エカテリーナー女帝時代の料理、ペテルブルグの料理(18世紀末から1860年代まで)、ロシア全国の民族料理(1860年代から20世紀はじめころまで)、ソ連の料理の時期は1917年から90年代までである。ソ連が1991年に崩壊してから、「ソ連の料理」と呼び続けるのは不適切だろう。最近は古典的なロシア料理のみならず旧ソ連共和国の民族料理のブームであるため、勝手ながらも91年以降は「伝統的な民族料理の復活」とでも名づけておこう。

古典的なロシア料理は500年も歴史があり、基本はパンと穀物を使った料理であった。9世紀からはロシア固有の黒パンが知られている。酵母を使って醗酵したライ麦パンの独特な酸っぱさはロシア人に大昔から大いに好まれており、その味は不動の地位を誇り、今日も変わらないまま愛好されているのである。古典的なパンつくり技術では、ライ麦が醗酵の生地の中心であった。小麦が海外から持ち込まれてから、ライ麦と小麦の合わさったパン類ができるようになった。後に小麦も国内で栽培されるようになって、幅広く普及した。


本場のピロシキ

古典的なロシア料理には、現在「食パン」と呼ばれるライ麦パン以外には、「ブリニー」 «блины»と、お馴染みの「ピロシキ」 «пирожки» の親分にあたるライ麦の「ピロギ」«пироги»があった。「ピロシキ」 «пирожки» は、「ピロギ」«пироги» の愛称というよりは小分けされた小さい「ピロギ」«пироги»を示している。時々勘違いされていることだが、本場のピロギもピロシキもオーブンで焼くパン類なので、基本的には揚げ物ではない。もっとも、日本で時々目にする揚げ物のピロシキは、主流ではないが、たまにロシアにも見かけることがある。日本の揚げパンが美味しくないというわけではない。実は私、日本の「ピロシキ」が大好きなのだ。

ここまで書いたところで、先月日本に来たロシア人の友人に銀座で寿司をご馳走しようとした際のことを思い出した。ぜひ寿司を食べたいと言い出した彼女は、お店でできるだけ火の通った魚とアボカドの太巻きを頼んだが、加熱したネタが少ないこととアボカドの太巻きがないことにひどく驚いた。そして「お寿司が大好き」と言う彼女に「今度、もうちょっとしっかりした寿司屋さんに行きましょうね」と私は言われてしまった。外国に伝わる料理というのは、新しい土地に根付いてその人々に愛されるために大胆な変化も厭わない頑張り屋なのだな、とそのとき悔し紛れに思った。それにしても、その友人が今度来たときにはどこの寿司屋さんに連れて行けばよいのか、今からすでに気がかりである。


パン、ブリニー、ピロギとピロシキの仲良しの大家族

モスクワ中心地の人気パン屋さん

ロシアでは、パンは昔も今も食卓に必ず並んでいる。主食なのである。どんな家にも、レストランにも、テーブルにはパンのバスケットが用意され、「黒パン」と呼ばれるライ麦パンと「白いパン」と呼ばれるフランスパン風の小麦パンのスライスが置いてある。健康食品ブームは、最近はロシアにも到来している。健康にいい雑穀パンが数多く出されているが、雑穀料理は昔からロシア料理の一つの柱であっただけに、どれも美味しい。

ブリニーは、ロシアの最古の料理といわれている。ブリニーは複数系で、単数形はブリーンといい、ロシア語の「ムリーン」―「挽く」、「粉にする」という意味で、穀物の粉で出来たものを示している。水分が多く、小麦粉が少なく、液体に近い生地が経済的でもある。一般には、フライパンで焼かれるクレープに似ているが、酵母を使うことと、材料が小麦粉だけではなく、そば粉も用いられるので味が深く、バラエティー豊富である。海外でも有名な小麦粉のブリニーにキャビアを添えるとロシアならではの最高級のご馳走である。


ちょっと高いけど
こういうパンもある (約1,250円)

ピロギの語源は、「ピル」«пир» ―「宴会」という意味の語である。つまり、毎日食べるものではなく、ご馳走であるという意味なのだ。宴会の趣旨に合わせてピロギの具も変わっていたので、そのバラエティーの豊かさには今も驚くばかり。ひき肉、たまねぎと卵のミックスから魚類まで、それにキャベツ、きのこ、ジャガイモ、ニンジンに、りんごとさくらんぼ等々の具は、ピロギの心である。地方によってもその具は七変化して、食卓のご馳走になる。ピロギの焼き方を覚えたら「嫁さんとして一人前」だと、昔から言われていた。ピロシキは、その模型のようなピロギの小さいバージョンである。昔、祖母が焼いてくれた「ワツルシキー」 «ватрушки»というカテージチーズが入った少し甘いピロシキよりも美味しいものがこの世に本当にあるだろうか、といまだに思っている。


焼きたてパンキオスク

この「ロシアパンの研究」はしばらく続きそうだ。すくなくとも、日本のホームベーカリーで本格的なロシアのクリーチ(キリストの復活祭を祝って食べる甘いスパイシーなパン)の焼き方を究明するまでは。それができたら、クリーチの焼き方と、ロシアパンの美味しさ・楽しさを、パンが好きな日本人の友人に伝えることができる。そうするとロシアのパンが好きになる人が増える(だろう)。いいことじゃありませんか。

ちなみに、お役に立てるかどうかは分からないが、私の好きなロシアの料理サイトは『KUKING.net新しいウィンドウで開きます』(ロシア料理以外の料理情報も満載)。掲載情報はロシア語のみだけれども、ロシア語ができる方、あるいは勉強されている方、それにもちろん料理にご関心のある方にお勧めしたい。

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