菅野沙織クリック!アジア

第8回 シベリアのシリコンバレーにて

2011年3月3日

「簡単なプログラムを作成してもらいたいなら、インド人に頼んでください。難しい問題を解決できるソフトを作ってほしいなら、中国人を雇ってください。解決できない問題を解決してもらいたいならば、ロシア人に任せてください。」
(シベリアのシリコンバレーの常識)

2月のシベリアの寒さはマイナス30~40度になるという。今回の出張地である、西シベリア地域のノボシビルスク空港に降りた途端、しっかりした防寒服を身に着けていた私は、騙されたと思った。空港の建物の外に取り付けられているデジタル気温計は、たったマイナス4度。その前にマイナス20度のハバロフスクにいたので、体感で比較して、この気温計が壊れていないことを察した。柔らかくてやさしい雪が降っている外の気温が間違いなくマイナス3~4度しかないことは明らかであった。

今回のシベリア出張はロシアIT企業調査の一部であり、その目的はシベリアにシリコンバレーがあることを確認することであった。石油輸出に依存して、この十数年間にわたって伸びてきたロシア経済の姿を思い浮かべる時、私はなんとなく嬉しくない気持ちを覚える。不安定な上に、この構造はロシアのような大国に合わないと思っているからである。またそれに加え、ロシアは科学と宇宙産業の発展を誇っていた時代もあったことを知っているからである。実はこの気持ち、今ロシアの政治家も、社会学者もエコノミストも、空港からホテルまで送ったタクシードライバーも共有している。そのためか、メドベージェフ大統領は「イノベーション」の言葉を流行らせて、モスクワ近辺のスコルコボという場所で、新技術を武器にロシアの未来を担うであろうプロジェクトに力を入れている。まるで、今までにはロシアにイノベーションがなかったかのように。

しかし、ロシアには先端技術、世界的なレベルのソフトウェア開発とその輸出を生活の糧にしている人たちが集まった場所は既に存在していた。今、ロシアのシリコンバレーと呼ばれるその場所は、ノボシビルスク市(※1)にあるアカデムゴロドクという学術街である。1957年に設立されたアカデムゴロドクは、ソ連時代に多くの学者が憧れていた数学、物理学、化学、生物学などの研究の聖地であった。23の研究機関に加え、ノボシビルスク国立大学に代表される複数の教育機関が集まっている。

IT工業団地の建設が進んでいる
アカデムゴロドク

今では、5万人と言われるアカデムゴロドクの研究者のうち約2万人はIT分野で働いている。IT企業数は250社にのぼる。アカデムゴロドクで働いているコンピューターサイエンスの天才たちは、サン・マイクロシステムズ社(オラクル社)、インテル社、シスコ社などメジャーの仕事を引き受けている。ここではかつてのロシア人の誇りであった質の高い科学技術のスキルがある。そのスキルを買って、インテル社は数百人のロシア人の研究者を雇う研究所を持っている。古きよき時代の栄光に加えて、今は100ヘクタールの面積を持つ先端技術の工業団地の建設が進んでおり、ロシア発の技術発展への期待を鼓舞している。

三日間足らずの短い滞在であったが、10数社のソフト開発者に会うことができた。仕事の内容について聞くことはもちろんのこと、お昼ご飯も、夕ご飯も一緒にして、今のアカデムゴロドクの生活について話しを聞いたり、彼らのジョークに笑ったりして、学生時代に戻ったように楽しい時間を過ごすことが出来た。ソ連が崩壊してから、学者への国の配慮と財政割り当てが細くなり、海外でより良い生活を求めて多くの学者がアカデムゴロドクを出た時期もあった。しかし、最近はトレンドが180度に変わってきている。ここで働いている人たちは、よい環境のなかで満足できる仕事をし、満足できる給料をもらっている。彼らはモスクワやサンクトペテルブルグにすら出たくないという。実際、一時はロシア国外に出たが、再び故郷に帰ってくる人も少なくないという。

では、外国人はどのくらいがいるかと聞くと、相手は珍しい質問に少し戸惑った顔をする。「僕はフランス人一人を知っているよ。でも彼はここで結婚して、家族と一緒にいるから。仕事のためにだけにいるわけではない。」欧米人は数人がいる様子を伺えるが、ソフト開発のオフショアとして名高いノボシビルスク在住の外国人はまだ少ない。「寒いところに人は来たくないかな。それにシベリアと聞くと、どこからも遠いと感じるからかな」と、私の話し相手は少し寂しげに分析していた。

寒さについては、今回は異常な気象で、この時期はやはりマイナス20度前後が普通らしい。実証はできなかったものの、寒い土地ほど、寒さを感じさせないインフラが整っていることは周知のとおりである。数ヶ月前にできたヒルトンホテルは、綺麗で暖かく、心地いい宿泊先だった。「遠い」については、モスクワから4時間、ロシア極東から5時間フライトの距離だが、日本と東南アジアを比較しても行けないほどの「遠さ」ではない。

そして、森に囲まれているシベリアのシリコンバレーは、シベリアの心地いい夏(7月の平均気温は19度で、30度まで上がることもある)に緑のヘーブン(天国)に変貌しているらしい。今回の出張を終えて、このロシアIT産業の聖地にぜひ一度、日本の専門家と一緒に同行し、その凄さを伝えに行ってみたい!という気持ちが日増しに強くなっている今日この頃である。

  1. (※1)ノボシビルスク市:人口150万人。モスクワとサンクトペテルブルグに次ぐロシア第3の都市。シベリアの首都と呼ばれる。

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