日本の事業継続計画(BCP)の一環として考える東北復興のあり方

RSS

日本ハートランドとバックアップ地域

今般の大地震は、マグニチュードが9.0と史上最強だっただけでなく、震源域が東北から関東の南北500kmに渡る超広域的なものであった。直後の大津波も災いし、死者・行方不明あわせて約24000人と未曾有の被害をもたらした。街がまるごと刮ぎとられ都市機能が壊滅したところもあった。サプライチェーンの寸断も目立ち、下流にある製品工場は直接の地震被害はなかったにしても部素材の補給が停まって大いに難儀した。


復興構想にあたって第一のコンセプトが防災であることに異論はないだろう。このような悲劇を二度と繰り返してはならない。単に地震前の状態に復元すればよいというものではない。目を向けるべきは過去の街並みでなく、将来の災害である。今般のような大震災にも耐える街に改造しなければならない。


ここで忘れられがちなのは、それが今般被害をこうむった東北地方だけでなく、日本全体の視点で防災を考えるべきということだ。東北復興は国家観を伴った日本再生としての復興でなければならない。もし、今般と同じような地震が東京以西で発生したとしたら被害はいかばかりか想像されたい。東海、東南海、南海地震が遠からず発生することは既に予見されており、その震源域は東京から西に偏重している経済基盤とほぼ重なる。復興構想の策定にあたっては特にこれら3つが連動して起こった場合を想定し、いざ災害に見舞われたとしても日本全体が壊滅せず、都市機能と生産力が継続されることを目指した東北復興プランを構築するべきである。具体的には、サプライチェーンのブロック化とネットワーク構築の組合せで、東海~東南海~南海連動地震クラスの災害が起こっても被害が全体に波及せず、かつ被災からのリカバリーが早いタフな日本の再構築を念頭に置くことだ。この観点から、東北復興プランはいわば日本全体の事業継続計画(business continuity plan,BCP)の一環と位置づけるべきだ。

今般の大震災をきっかけに、都市と生産拠点の配置について日本人の考え方がおそらく変わった。震災前、向かっていたのは一極集中の論理であった。確かに、生産効率でいえば一極集中が優れている。産業のウェイトが情報・サービス業に遷っていくに従ってその傾向がますます強くなっていった。しかし、冗長性による「ムダ」はあっても、バックアップは必要だ。生産拠点にせよ交通路にせよ、原子力発電所の冷却システムにせよ、バックアップが必要なことは我々の潜在意識に刻まれた。一極集中は災害リスクが大きすぎる。「寡極」ぐらいがちょうどよい。これからは「寡極」集中だ。古来「卵をひとつの籠に盛るな」と言われていたではないか。


バックアップの論理で新たな日本の国土軸を考える。まずは近畿地方と東京・福岡に伸びる両翼を「日本ハートランド」と位置づける。古代律令制の時代から高度成長期に至るまでここは日本の中軸地帯である。面積にして日本国土の半分を下回るこの地域に、国民の約8割が住んでおり、同じ程度のGDPを稼ぎ出す。これからも政治、経済、文化の心臓部を擁する中軸地帯であり続けるだろう。首都機能移転の議論もあるが、政治、経済、文化いずれにおいてもその心臓部が日本ハートランドの枠外に出るとは考えにくい。次に、日本ハートランドから突き出た東北地方と北海道、そして九州、沖縄を経てアジアにつながる島々をいかに位置づけるか。北海道と東北地方をあわせて北東ブロック、九州と沖縄諸島をあわせて南西ブロックとし、それぞれ日本ハートランドのバックアップ地域と位置づける。歴史的にいえば古代、多賀城と大宰府が治めていた範囲に重なる。


さらに、これらを結ぶ有事支援ルートを設定する。日本ハートランドから北東ブロックと南西ブロックのそれぞれ地理的な中心を結ぶようにすると、北に至るルートは日本海側を通る。今般の大震災で、東京から仙台に向かうルートで最初に通じたのはいったん新潟に抜け、山形を経由してバスで仙台に入るルートだった。ガソリン不足が復旧のボトルネックとなったのは記憶に新しいが、新潟から福島に向かう鉄路に貨物列車を走らせることができたのが不幸中の幸いだった。ガス工場が被災した仙台の都市ガスはパイプラインを通じて新潟からひいているところだ。このように、東日本における日本海ルートの重要性が実証された。


日本ハートランドとバックアップ地域とは、日本の心臓部が致命的な打撃をうけたとしても日本全体の破滅に波及せず、予備力を駆使して早急なリカバリーが実現する体制を構築するためのフレームワークである。よって、日本の中軸地帯が大地震に際しても壊滅的な被害にならないように、まずは日本ハートランド内で東京一極集中の是正を図ることが必要だ。これにはもちろん電力はじめエネルギー利用の平準化という意味もある。さらに、災害に見舞われても南北のバックアップ地域が日本ハートランドの機能を代替できるように、かつ迅速な補給活動が行えるようレベル向上を図ることが必要だ。大事なのは自立的な都市機能と生産能力を持つことである。

サプライチェーンの域内完結と相互融通

生産力からみれば影響力は小さいと思われていた東北地方の製造業だが、日本の産業全体のIT化に伴って東北のエレクトロニクス関連部材の重要性が高まっていたことが奇しくも大震災で明らかになった。被災によって、自動車や家電エレクトロニクスなどのサプライチェーンの上流が寸断された格好になった。いまや半導体はパソコン部品ではなく、家電製品、自動車などあらゆる工業製品のサプライチェーンの構成要素だ。サプライチェーンも製品毎の単線というよりは、それらが幾重に絡まって「あみだくじ」あるいはクモの巣状といったほうが実態に近い。振り返ればサプライチェーンは全国をまたにかけて伸びきっており、一箇所ショートすると全体がダウンするような形状になっていたということだ。


災害リスクの観点でいえばサプライチェーンの域内完結が今後重要となる。素材、部品、そして完成品組立工場に至る狭義のサプライチェーンのみならず、前後に研究開発と販売・サービスを継ぎ足し、さらに並走する関連製品のサプライチェーンを束ねた広義のサプライチェーンにおいて、日本ハートランド、北東ブロック、南西ブロックそれぞれの域内で完結させるようにする。ひとつには、災害によるサプライチェーンの寸断で生産活動が途切れることがないように。もうひとつは、相似形のサプライチェーンを3地域で3つ作ることにより互いに融通できるようにするためである。

災害リスク分散の観点で製造拠点を分散させる戦略は既にある。トヨタ自動車は東北を中部、九州に続く「国内第3の生産拠点」と位置づけ、系列の完成車製造子会社、セントラル自動車の本社工場を宮城県に移転した。関東自動車工業岩手工場が既に進出しており、これら完成車工場2つを東北の軸として工場再編に取り組んでいるところだ。こうした発想を産業全体に敷衍できないものか。日本ハートランドに本社工場がある場合、事業継続計画(BCP)の一環として九州ブロックと北東ブロックにもそれぞれ製造拠点を作るということだ。


災害リスク対策とはいえ、わざわざバックアップ拠点を作るのは非効率に過ぎるという考え方もあろう。サプライチェーンの域内完結と相互融通の体制構築は民間企業がその主体となることから、それなりのインセンティブがないと実現は難しい。ポイントは事業再編と一体的に進めることにある。去る5月18日、参院本会議で改正産業活力再生法が可決、成立した。企業のM&Aが進めやすくなることによって、同一業種の事業再編が進むと期待される。グローバル化が進み、日本の産業界にとってマーケットは世界人口69億人と認識すべき時代になっている。製造拠点の分散は一義に災害リスクに対するものではあるが、同時に、日本の産業が一丸となって行う国際競争力の強化策でもあるのだ。

日本の事業継続計画(BCP)の一環として考える東北復興のあり方-東北半島改造計画-

日本ハートランドとバックアップ地域のフレームワークで考えると、東北復興の先にあるのは、自立した都市機能と生産力である。東海~東南海~南海連動地震が日本ハートランドを襲ったときに、都市機能と生産力においてバックアップできる能力を備えておくことである。東北自身が災害に耐性をもって生まれかわるのはもちろんのこと、さらに日本全体の事業継続を確保する観点でレベルアップを図る必要があると考える。その重要な要素が、北東ブロックにおけるサプライチェーンの域内完結ということだ。たとえば、北東ブロックには石油化学コンビナートがない。鉄鋼も弱い。自動車産業をみても完成車工場もおける部品の現地調達率はまだ低い。エレクトロニクス関連部材の強みはあるが、その先にある完成品工場は少ない。サプライチェーンのミッシングリンクをつなげるような製造業の振興が復興構想のポイントとなる。


大津波による壊滅的な被害をこうむった沿岸部における雇用の受け皿となることも狙いである。いっぽうで元々の強みである食糧生産力を維持するためには、農業にしても漁業にしても大規模集約化について考えなければならないだろう。


いずれにせよ、大震災、特に大津波の影響で変化した地理条件を考慮に入れなければならない。それは海岸線や地形のみならず、土地利用という側面もある。福島第一原子力発電所の安定化プロセスの進捗状況にも左右されよう。土地の気候や土壌条件を考慮してもっとも適切な農作物を作ろうという「適地適作」という言葉は農業工業問わずすべてに当てはまる。さらに危機的な国家財政を反映した予算制約と国際競争力強化の観点を加えると、あまたある復興計画の青写真はおのずと絞られるのではないか。単に災害に強いだけでなく、有事に日本全体を代替すべく都市機能と生産力の自立を目指す(仮称)東北半島改造計画のような性格を帯びよう。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス