新型PFIと行政キャッシュフロー計算書~震災復興と財政規律の両立に向けて~

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偶然にも、まさに大地震のあった3月11日にPFI法改正案が閣議決定されていた。4月20日に全会一致で参院本会議を通過し、今国会中に成立する見通しである。公共施設整備における官民連携スキームのひとつ、PFI方式が使いやすくなり、震災復興に大いに貢献するものと期待されている。今般の改正案で目をひくのがコンセッション方式の導入である。民間企業が「公共施設等運営権」を取得した上で、自らの企画で公共施設を運営し料金をとることができるようになる。この「公共施設等運営権」がコンセッションということだ。コンセッション(concession)とは免許、利権、営業権といった意味で、転じて映画館の売店も「コンセッション」という。公共施設等運営権は物権とみなされ、不動産における規定に準じて売買や担保設定ができるようになる(※1)


筆者が新しいPFI方式に期待するのは、これが震災復興と財政規律の両立につながると考えるからである。ただ、その両立に威力を発揮するには、新型PFIを受け容れる地方財政のプラットフォームが必要だ。「新しいワインは新しい皮袋に入れなければならない」のである。

キャッシュフローという共通の尺度

第一に必要なのが、キャッシュフローという官民共通の尺度である。震災前の市街地に復元するのと、今の地域特性に合わせてコンパクトな街を新しく作るのとではどちらがよいのか。また、公共施設を再建するのに、PFI方式はじめ官民連携スキームで行うのがよいのか、資金調達含め官の独力で行うのがよいのか。選択肢にはいくつかの切り口があるが、知りたいのは、同水準の公共施設または整備スキームのうち、長い目でみて何が一番安いかということである。費用対効果、コスト・ベネフィットである。官民連携スキームに興味がある民間企業にとってはその事業に投資して回収できるかどうかに関心がある。PFI方式で公共施設の経営を請け負ったとして、料金収入で運営費や返済を賄っていけるのか判断基準がほしい。こうしたニーズに応えるのが、公共施設のキャッシュフロー分析であり、分析するための財務書類である。公共施設の開業資金やその後の運営経費は、公共施設の料金収入で賄ってゆくのが原則である。PFI方式はじめ官民連携スキームで整備した公共施設は独立採算制の適用がなお厳しい。だから財務書類も民間企業が使うものと互換性が高いものでなければならない。公営企業においても、官民連携の有効性の尺度として使われることを見込み、民間基準への準拠性を高めた財務書類はある。厚生労働省が出した、上水道事業における「修正損益計算書」はその一例である(※2)。こうしたものを今後意識して活用することが重要だ。


ポイントは、キャッシュフロー分析は公共施設だけでなく、親団体たる地方公共団体も必要だということである。キャッシュフローという共通の尺度をもって、両者の財政状態を比較するためである。PFI方式はじめ官民連携スキームが地方財政の悪化予防にメリットがあるかないかを判断するのに、公共施設と同じ尺度でなければわからない。キャッシュフロー分析指標という尺度において、公共施設が、親団体たる地方公共団体に比べて優れているとき、公共施設をPFI方式で整備するメリットが見出せる。良好なキャッシュフローを反映して低コストで資金調達できる可能性があるからだ。


民間企業と同じ尺度でキャッシュフロー分析ができる地方公共団体版の財務書類は既にある。財務省が、地方公共団体や地方公営企業に融資するにあたって、その財務状況を把握するために活用している「行政キャッシュフロー計算書」がまさにそれである。信用判断にあたっては発生主義の損益計算書よりもむしろキャッシュフロー分析が重要であり、金融機関の審査実務において損益計算書を現金ベースに直したものを使っていることからも伺える。行政キャッシュフロー計算書もまったく同じ発想で作られており、あたかも民間企業の審査をするような感覚で地方公共団体の財政を診断することができる。

政府保証の明確化

第二は、暗黙の政府保証を明確化することである。現状、PFIはじめ官民連携スキームを導入する動機付けに乏しい。PFI方式の導入を検討する以前に、地方公共団体が自ら資金調達しても十分金利は安いからだ。PFIはPrivate Finance Initiativeの略語であり、根拠法は「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」という。しかし残念なことに、実際に民間資金を活用するとコスト高になってしまう。地方公共団体が自ら資金調達し、公共施設を整備し運営したほうが低金利であるのが現状だ。民間企業と同じ尺度、キャッシュフロー分析指標で返済能力の実力を把握したにもかかわらず、それが市場の貸付態度に反映していない。本来であれば、財政悪化は借入金利の上昇というシグナルを通じて借入膨張の歯止めとなる。これが財政規律のプロセスであるが、財務状況と借入金利が連動していないので機能不全に陥っている。


どうして金融機関は貸し手が地方公共団体の場合その財務状況を省みないのか。それは、地方公共団体が破たんする前に国の財政がなんとかしてくれるという期待があるからである。地方公共団体への貸し付けについては国が保証人に立ったのと同じようにみるわけだ。これを暗黙の政府保証という。これでは財政規律はおろかPFI方式の導入メリットもかなりそがれる。


PFI方式を推進するのであれば、「暗黙の政府保証」は明確化したほうがよい。もっとも保証そのものを無くすわけではなく、その発動要件と限度額を明確に決めておくことだ。そして、累積債務が膨らんで返済が難しくなった場合、一義に国が弁済するのではなく、まずは地方公共団体が金融機関に元利払いの減額や期限延長を交渉する仕組みを導入する。そうすれば、貸し手は回収困難になるリスクを金利に反映させるようになる。地方公共団体は収入と返済のバランスを考えて借入をするようになる。安定した料金収入が得られる上水道事業などは、PFI方式による施設整備が増えるだろう。親団体たる地方公共団体よりも財務状況が良いケースが多く、その場合は上水道事業そのもののキャッシュフローを引当にしたほうが理論的に金利は安くなるからだ。

親団体が分担するリスク、企業が分担するリスクの明確化

第三は、親団体が分担するリスク、民間企業が分担するリスクを明確化することである。


従来、地方公営企業や第三セクターなどの企業活動に伴う事業リスクはおしなべて親団体たる地方公共団体が負担していた。本来企業活動であるから収入が多い年もあれば少ない年もある。それに応じて支出削減や借入抑制など規律が図られるべきであったが、地方公共団体が財政支援することで放漫財政に陥りがちであった。片方で地方公共団体の負担が累積してゆく構図があった。これを解決するのがPFIはじめ官民連携スキームである。財政規律の観点からみれば、PFIはじめ官民連携スキームのメリットは、従来地方公共団体が一方的に負っていたリスク、ありていにいえば予想外の支出を、パートナーたる民間企業と分担できることにある。


PFIはじめ官民連携スキームが地方財政の負担軽減策として機能するには、地方公共団体がパートナーたる民間企業に対して財政支援を発動する要件と金額をあらかじめ決めておくことが必要だ。財政支援を減らせばよいというものではない。採算点以上の利用が見込めないところで民間企業は開業できないという市場メカニズムを補うために、公益性のコストとしての財政支援そのものの必要性は変わらないからだ。問題は財政支援の額ではなく、それが思いがけず増えてゆくこと、すなわち事業リスクを地方公共団体の側で無制限に負ってしまうことである。


市場メカニズムにとっても、財政支援が、民間企業間の自由競争にかかる公式ハンディキャップとして機能するからこそ奏功する。だから定額制が重要なのであって、これが「想定外」によって簡単にぶれてしまってはいけない。いざというときに親団体がなんとかしてくれるという期待を持たせてしまっては元の木阿弥である。


福岡市のタラソ福岡PFI事業は官民連携スキームの「失敗事例」としてたびたび採り上げられるが、民間企業に事業リスクを分担させることで地方公共団体の借入膨張が避けられた点ではむしろ成功例だと筆者は考える(※3)。このケースでは地方公共団体の代わりにPFI事業会社が破たんしてしまった。温浴施設「タラソ福岡」が4ヶ月に渡って休業してしまったこと、PFI事業会社が破たんしてしまったことは確かに反省点である。もっともこれは今般のPFI法改正におけるコンセッション方式の導入による克服が期待されるところだ。

財政規律とキャッシュフロー経営

被災地域の地方財政は厳しく、復興のために投資していく資金が一時的にはかなりの額となることが予想される。緊急を要する財政措置は積極的に行うべきで、財源に躊躇して救援のタイミングを逸することがあってはなるまい。国債の大部分が国内で消化される状況下、震災に伴う財政出動が大きいにしても「ただちに健康に影響を与えるレベルではない」という考え方もあるだろう。しかし、それも応急復旧までの話であり、腰を据えた復興計画を立てる段階とは明確に区別するべきである。日本の財政は極めて厳しい状況にあり、IMFや格付会社から震災復興による一段の財政悪化が懸念されていることを忘れてはならない。政府が深刻な財政問題を抱える中、復興事業の進めようによっては、国と地方の財政が破たんしてしまうような状況も招きかねない。復興計画を論じるにあたり、家や工場を再建する個人や企業が抱えることになる二重ローンが問題となっているが、まさに同じことが被災地の地方財政にも国の財政にもあてはまる。


これまで、PFI方式はじめ官民連携スキームが機能しなかった理由として、財政のキャッシュフロー分析がなかったこと、国が暗黙のうちに保証してくれたこと、外郭団体の事業リスクを親団体たる地方公共団体がすべて負担できたことの三点をあげた。こうした前提が、大震災によって揺らいでしまった可能性もある。今までは財政悪化による金利上昇をそれほど気にせず借入、言い換えれば施設整備を行うことができた。しかし、これからもそうであるとは限らない。


国と地方の財政破たんを「想定外」としてはいけない。将来を見据え、財政規律を確保しつつ、優先順位を意識した効果的かつ効率的な復興事業を展開すべきである。その拠りどころとなるのがキャッシュフロー経営の視点である。もとよりキャッシュフローを意識した経営は官民の違いに関わらず重要である。これが組織としての持続可能性を示すものだからだ。キャッシュフロー分析指標には債務償還年数、有利子負債月収倍率、行政経常収支率などがあり、いずれも財政悪化の兆候を示す(※4)。これらを重要業績指標(KPI)とし、数値が正常範囲から外れないよう施設整備や行政支出をコントロールしてゆくことが重要だ。施設整備に伴う借入は将来キャッシュフローによる返済能力とのバランスを考えなければならない。


震災復興に予算制約があると窮屈だろうか。そんなことはない。そこでPFI方式はじめ官民連携スキームの出番である。国や地方公共団体だけで再建するのではなく、民間企業と一緒に作り上げるのだ。PFI方式は官民をつなぐ「かすがい」のように働く。ついてくるのは資金力だけでない。過酷な市場競争で揉まれたがゆえに獲得した民間企業の知恵と生命力もある。これを活かさぬ手はない。官民連携で予算と人材の制約を乗り越えられれば震災復興の自由度は増す。


震災復興においては、被災した個人の住まいと雇用を確保し、被災企業の設備施設を一日も早く再建することが最優先課題である。一方でそこに至る道筋はいくつかある。とりあえず震災前の街並みを集落毎に復元するのか、それとも人口構成、産業構造、生活圏や経済圏の現在と将来を見据えたコンパクトかつ高機能な街づくりを目指すのか。財政規律を基軸にすると道筋はおのずと見えてこよう。予算制約があるからこそ優先順位を意識する。何が大事なことなのか、被災地の声や希望・アイデアを最大限に尊重し、活かす態度がより重要になってくる。

(※1)ただし、そうはいっても理不尽な料金値上をしたり、勝手に公共施設等運営権を売却したりできるというわけではない。あらかじめ策定しておく実施方針において利用料金に関する事項を定めなければならず、公共施設等運営権の権利移転にあたっては議会の議決と管理者の許可が必要。民間活力を促進する一方で公共性に配慮した制度設計になっている。

(※2)次の記事を参照のこと。「地域主権時代における水道事業の評価手法『水道版バランススコアカード』」2010年9月15日付コンサルティングインサイト

(※3)「タラソ福岡の「失敗」にみる官民連携ファイナンスのヒント」2011年3月30日付コンサルティングインサイト

(※4)「行政キャッシュフロー計算書を用いた地方財政分析」2008年12月3日付コンサルティングインサイト
「地方財政危機-本当の財政を把握する 自治体の「経営実態」はキャッシュフローで診断せよ」週刊エコノミスト2010年12月17日号、P 32~33

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